美術館巡りを愉しむ美術館巡りを愉しむ

Let's enjoy visiting art museums! 美術館巡りを愉しむ 取材・文 伊藤レナ

五島美術館 東京・上野毛

世田谷・上野毛の閑静な住宅街にある私立美術館 緑豊かな庭園とゆとりの空間で愉しむ東洋の至宝

国宝の絵巻、茶道具、書跡、陶磁器など4,000点

 「五島美術館」は、東急電鉄創立者・五島慶太(ごとう・けいた)氏(1882-1959)が収集した古美術品をもとに1960(昭和35)年に設立。絵画、茶道具、書跡、陶磁器、古鏡など国宝5点、重要文化財50点を含む約4,000点を収蔵する。
 収蔵品の目玉は、国宝の『源氏物語絵巻』と『紫式部日記絵巻』。『源氏』は毎年春、『紫式部』は秋に一週間ほど公開される。




中庭から望む五島美術館:珠玉の名宝と緑豊かな庭園を愉しむことができる美術館。階段と回廊は寝殿造のスノコのイメージが反映されている。
 五島美術館

〒158-8510
東京都世田谷区上野毛3-9-25

TEL
03-5777-8600
(ハローダイヤル)
TEL
03-3703-0661(テープ案内)
アクセス
東急大井町線上野毛駅より徒歩5分
休館日
月曜日、祝日の翌日、展示替え期間、年末年始など
開館時間
10:00-17:00(入館受付は16:30まで)
入場料
一般 ¥ 700(特別展は別料金)
小・中・高・大生 ¥ 500
URL

名宝が映える和洋空間と四季折々の庭園を愉しむ

 建物は、『源氏』『紫式部』の展示にふさわしい平安時代の寝殿造となっている。設計は、純和風建築をモダンにアレンジすることに才能を発揮した吉田五十八(よしだ・いそや)。奈良の大和文華館も同氏による設計で、両館の建物は兄弟関係にあり、収蔵品のつながりも深い。
 収蔵品の鑑賞とともに愉しみたいのが庭園散策。梅、桜、木蓮、ツツジ、椿、山茶花、秋の紅葉のほか、東京都の天然記念物に指定されているコブシの巨木がある。




庭園:都内と思えない緑豊かな空間。四季折々の草花を愛でに定期的に訪れる人も多い。

国宝『源氏物語絵巻』とコカ・コーラの意外な関係!?

 さて、大人気のお宝『源氏物語絵巻』。名古屋の徳川美術館にも所蔵されている格調高い国宝だが、五島美術館に至る過程が興味深い。
 「いま私たちがコカ・コーラを飲むことができるのは、五島慶太が『源氏』を買ってくれたからよね、と笑い話をすることもあるのです」と学芸員・砂澤祐子(いさざわ・ゆうこ)さん。


国宝『源氏物語絵巻 <鈴虫二>』紙本著色、平安時代後期・12世紀

平安時代末期の宮廷画家・藤原隆能(ふじわら・たかよし)が描いたと伝わる現存最古の絵巻。光源氏が弟、冷泉院(実際は源氏の子)と対話する夜の場面。笛を吹くのは源氏の息子、夕霧か。2000年7月発行の二千円札裏のデザインに採用され、知る人も多い。

 「戦前の大蒐集家・益田鈍翁(ますだ・どんのう)(*1)が所有していた『源氏』は、戦後、実業家・高梨仁三郎(たかなし・にさぶろう)(*2)の手に渡る。氏は「コカ・コーラ」を日本に紹介した人物。当時氏はコカ・コーラの権利を所有していたが、販売に至る資金が足りない。そこで、交流のあった五島慶太に『源氏』の譲渡を約束。晴れてコカ・コーラの製造を開始することができたのです」

 日本でのコカ・コーラの製造販売開始は1957年。1960年の開館前に五島慶太氏が「源氏」を買わなければ、日本人がコカ・コーラを口にするにはもっと後になったかもしれない。国宝「源氏」とアメリカ合衆国を象徴する「コカ・コーラ」との関係。高度成長期の日本を象徴するかのようなビジネスと名宝をめぐる戦後ドラマだ。

(*1)益田鈍翁(ますだ・どんのう) (1848-1938)

戦前日本を代表する大コレクターであり、三井財閥を支えた実業家。
本名、益田孝。茶人としても名を馳せ「鈍翁」と号す。

(*2)高梨仁三郎(たかなし・にさぶろう)(1904-1993)

東京飲料株式会社(現・東京コカ・コーラボトリング株式会社)設立者。


尾形光琳筆『紅葉流水図(竜田川図)』紙本著色、一幅、江戸時代前期・18世紀

紅葉の名所、奈良県の竜田川を描いた尾形光琳の名品。金地に緑青の山が重なり、主役の紅葉を右上下にちらりと見せる粋な構図。本図は団扇の裏面で、表面は『蕨図』(個人蔵)となり、春と秋の主題で表裏一体だった。現在は別々に掛け軸に改装されている。


美の陰に女性あり。五島慶太の蒐集に影響を与えた人



展示室:敷地は5000坪と広大だが、展示室自体はコンパクト。心地よく鑑賞できる。

 コレクションのもうひとつの目玉は、茶道具。
 「道具や振る舞いにセンスがないと人柄を疑われる。当時の実業家にとって、茶席の場は娯楽であると同時に真剣勝負の場でした」
 財界での付き合いの必要もあって集めた茶道具。しかしその好みのすべてが、五島氏自身のものというわけではないようだ。


 「純粋に五島自身の好みによるのは古写経を主とする仏教美術。茶道具については、専門家の意見と、五島の身近にいた教養に溢れ、古美術の造詣が深く、センスの良い女性の好みも大いに影響したようです」
 専門家の意見に耳を傾けつつ、そばにいた女性の手ほどきを受けながら、真剣に道具をもとめる氏の姿が目に浮かぶ。

 名品の陰にいつもそれを取り巻く人間模様が見え隠れする。戦後の偉大な実業家であり蒐集家であった五島慶太氏。彼とそのコレクションを取り巻くエピソードを知ると、敷居が高いとも思える古美術の世界も少しは身近に感じられるかもしれない。

重要文化財『古伊賀水指 銘、破袋(やぶれぶくろ)』陶器、一口、桃山時代・16世紀

桃山時代を代表する水指として知られる。ぐちゃっと潰れたよう素朴な造形が、いかにも桃山陶器らしい。銘に「破袋(やぶれぶくろ)」とあるが、実際に割れがあり焼き物としては普通の感覚では不良品。しかし、桃山時代の茶人、古田織部がその迫力ある造形力に感じ入り、後世に伝えた。

 

展覧会情報―特別展「鎌倉円覚寺の名宝」



「無学祖元坐像」(重要文化財)
鎌倉時代・13世紀 円覚寺蔵

2006年10月28日(土)から12月3日(日)まで特別展「鎌倉円覚寺の名宝」を開催する。伝来の染織文化財を中心に開山・無学祖元(むがく・そげん)(1226-86)所有の品々や重要文化財「開山像」などが並ぶ。「中世の禅宗ファッションが一目でわかる」魅力的な展示内容だ。



ミュージアムショップ

 収蔵品がデザインされたポストカード、ハンカチ、あぶらとり紙などのグッズ、図録を豊富に取り揃える。人気は『源氏物語絵巻』のレターセットや一筆箋。「外国人へのお土産に喜ばれています」。

取材・文 伊藤レナ

アートライター。明治学院大学大学院文学研究科芸術学専攻博士課程前期修了。専門は日本近世(江戸時代)絵画。その他、洋の東西を問わず美術、映画、音楽、演劇、文学など幅広く芸術全般に詳しい。
●URL● http://www.e-rena.net