美術館巡りを愉しむ美術館巡りを愉しむ

伊藤レナの 美術館巡りを愉しむ Vol.2
川村記念美術館

調和がもたらす優美な空間。レンブラントから20世紀美術まで。

緑豊かな敷地内に建てられた瀟洒な美術館内で、良質のコレクション約1000点が常時公開されている。/敷地内には、館内の「作品」に負けず劣らない「美」の景観が広がる。
 なんとなく、優しい気持ちになれる。千葉県佐倉市にある川村記念美術館は、そんな空間です。アヒルや白鳥が泳ぐ大きな池、雑木林、庭園、運動場などが点在する約30ヘクタール(9万坪)もの広大な敷地の中にその空間はあり、訪れるものを柔らかな空気で迎え入れてくれます。
 川村記念美術館は、大日本インキ化学工業株式会社とその関連グループ会社が収集してきた美術品を公開するため、1990年5月に開館しました。創業者である故・川村喜十郎氏以来、3代にわたり集められた1000点を超えるコレクションは、17世紀のレンブラントから20世紀美術までと実に幅広い。というのは、この3人のコレクターの嗜好がそれぞれ面白いほど異なっているため。初代は、長谷川等伯や尾形光琳らの日本画を、2代目はモネやルノアールなどの印象派絵画、3代目は、カンディンスキー、マン・レイ、アレキサンダー・カルダーといった現代美術に力を入れてきました。これら3人の個性豊かなコレクションは、展示作品にもっともふさわしい空間づくりを目指したという海老原一郎氏設計の建物の中で万華鏡のような彩りを見せ、私たちを愉しませてくれます。
フランク・ステラ Frank Stella (1936‐ )
日本一のステラ・コレクションを誇る

『リュネヴィル』 (1994年)ステンレス・スティール、アルミナ・ブロンズ(717×640×609cm)

 この美術館に訪れた多くの来館者は、まず、玄関脇に設置された、一見廃材の寄せ集めにしか思えないような、人間の背丈の4倍以上ある巨大な「作品」に度肝を抜かれます。はやくも難解な「現代美術」に白旗を揚げてしまいそうだが、そもそもこの「困惑」こそが「作品を感じている」こと。安心してください、あなたは「アートがわからない人」ではありません。そうです、この際、背後に広がる庭園の牧歌的な風景と対極にあるような、退廃的なスティールのかたまりがもたらす不思議空間を、大いに愉しみましょう。
 “リュネヴィル(月の町)”と、フランス北東部、ロレーヌ地方の鉄鋼の町の名前が題されたこの野外彫刻は、美術館の依頼により、フランク・ステラが周辺環境を考慮に入れた上で制作しました。組み合わされたパーツは、本物の廃材はほんの一部分で、大部分は複雑な工程を経て鋳造されたもの。クラゲみたいな変てこなフォルムは、葉巻の煙の形をコンピューターで解析・再現した代物だというから驚きです。
 作品の完成・組立時に来日した本人は、出来栄えを非常に気に入って、作品のなかをよじ登り悦に入っていたそう。もちろん、私たちは作品の中をよじ登ることはできませんが、「現代美術」特有の難解なウンチクは一先ず置いといて、ステラのように無邪気な心で作品と向き合ってみたいものです。


レンブラント・ファン・レイン Rembrandt Harmensz.van.Rijin (1606-1669)
川村のレンブラント”といったら、この男

『広つば帽を被った男』(1635年)油彩、カンヴァス、76.0×63.5cm(楕円形)

 「ようこそ、川村記念美術館へ」とばかりに、ビブラートの効いた低音の紳士的な声で来館者を出迎えているかのような『広つば帽を被った男』。すっかり美術館の「顔」的存在で、この作品の展示のために小さく仕切られた空間を独り占めしている。レンブラント本人の姿と似ていて、有名な自画像とも間違えられることも多いのです。
 実はこの男、長らく「別居」中。もともと奥方の婦人像と対として描かれたものだが、奥方様は、アメリカのクリーブランド美術館「在住」。数年前、川村記念美術館にて、織姫と彦星もびっくりの200年あるいは300年ぶり「再会」を果たしている。それにしても、一人寝生活の長いこの紳士の顔に少しだけ憂いを感じるのは私だけでしょうか。


マーク・ロスコ Mark Rothko(1903-1970)
究極の癒しの間、ロスコ・ルーム

ロスコの巨大壁画は、7点が川村記念美術館所蔵。兄弟作品9点はロンドンのテート・モダン美術館が所蔵する。

 ボーイフレンドとの交際を解消した後、傷心を癒すため一人このロスコ・ルームを訪れました。静かなこの部屋で赤と茶のやわらかな色彩に身を委ねていると、ふっと気持ちが軽くなるようでした。時折目を閉じると、この部屋は異次元空間の入り口のようにも思えてきます。わたしはロスコの色彩と一体となり、色彩はわたしと一体となりました。フワフワとしたとてもいい気分です。部屋を出るころには、すっかり元気になりました。
 レンブラントの肖像画と並んで、もうひとつの川村記念美術館の顔がこのロスコ・ルーム。もともとニューヨークのレストランを装飾するために制作されたこれらの作品は、人を内省的な気分にし、癒しをもたらす効果を持っているようです。このロスコ・ルームにはファンも多く、この部屋に訪れることのみを目的としたリピーターも多いのです。マーク・ロスコの作品の不思議な宗教的力を知ってか、アメリカ人の著名なコレクター、ジョンとミニック・ド・メニール夫妻は、彼に教会内部の壁にはめ込むための作品を依頼し、「ロスコ・チャペル」なるものを建てています。


ジョセフ・コーネル Joseph Cornell (1903-1972)
心のお友達を探して

『コーネルの7つの箱』」川村記念美術館刊(1993年)(表紙:『無題(ラ・ベラ)』部分(1950-56年頃)ミクスト・メディア、箱、47.5×27.2×10.5cm)川村記念美術館には7つのコーネルの箱作品が所蔵される。自らが「詩的な劇場」と名付ける箱作品は、「劇場」であるとともに、かけがえのない「私的な思い」をコレクションする小さな小さな「美術館」でもある。

 いらなくなった菓子箱や缶に、お気に入りの便箋や折り紙、シールなどの自分だけの宝物をコレクションする。時折一人部屋の隅で宝箱を開き、そんなたわいもない自分だけのお気に入りを堪能する喜び。数々の愛するものがいつでも持ち運べるような小さな箱の中に納まり、自らの手の内にあるー。ジョセフ・コーネルは、誰しもが持つコレクションへの憧れを、晴れやかな歓喜と時にほろ苦い郷愁とともに表現し続けました。
 こちらの「箱」に収められたコーネルの宝物は、目のパッチリとしたひとりの美少女。16世紀イタリアの画家、パルミジャニーノが描いた『アンテア』と呼ばれる女性肖像画の複製の一部分ですが、コーネルは、この絵を画集か雑誌で見つけ、この神秘的な美少女にすっかり恋してしまったのです。
 誰しもが一度や二度、手の届かないようなアイドルや架空の存在に強い憧れを抱いたことってありますよね。作品を見ていると、彼女を思うコーネルのほろ苦い感情が伝わってきます。そして、自分自身の体験とコーネルの体験がシンクロし、「あの時」のほろ苦い感情を思い出します。いつの間にか作品を通して、コーネルの魂とわたしたちの魂はコミュニケーションを始めます。


 アートを鑑賞するということは、作品を通してその作者と心の会話をすることでもあります。そんな対話の中で、作者がその作品を制作したときの感情に共感することができれば、そのときからはもう、あなたと作者は心のお友達となるのです。この「出会い」こそが、「感動」なのです。
 「作品」、「建物」、「自然」の三要素の調和をモットーとする川村記念美術館。なるほど、調和とは人を優しくするようです。この美術館に訪れるとカリカリとした日常を忘れ、ほっと深呼吸、ピュアな自分に戻れるような気がするのです。

美術館内エントランスホール。/ヴィンター&ホルベルト『クレートハウス』:レストラン脇の道を降りていくと野外展示2点あり。清涼な杉木立にある安田千絵の作品も見逃せない。

レストラン・カフェ
美しい景観に恵まれたレストランで寛ぐひとときは、芸術との出会いを更に豊かにしてくれる。
 美術館すぐ近くには、庭園を一望できるレストラン、ベルヴェデーレがあります。そして、美術館内にある茶室も忘れずに訪れてほしい。こちらの茶室、そもそも2代目の川村喜八郎氏が私的利用のために設置したもので、2002年11月から一般公開しています。奥の和室は、事前に申し込めば個室利用も可能。大きな窓からの見える景色は、超絶景!気分は高級旅館でくつろぐセレブです!ミュージアムショップでは、美術館オリジナルグッツやおしゃれなデザインの小物や便箋を買うことができます。

川村記念美術館 地図
住 所
〒285-8505 千葉県佐倉市坂戸631
電 話
0120-498-130(代表案内)
交 通
JR総武本線佐倉駅下車→無料送迎バス(約15分)
詳細はこちら→http://www.dic.co.jp/museum/info/i_2.html
開館時間
[4月→10月] 9:30~17:00時(入館は16:30まで)
[11月→3月] 9:30~16:30(入館は16:00時まで)
休館日
月曜日(祝日の場合は開館し、翌火曜日に休館)
年末・年始(12/24~1/1)
観覧料
800円(700円)
大学・高校生・70歳以上/600円(500円)
中学・小学生/400円(300円)
*カッコ内は団体[20名以上]料金です。
*特別展開催時は料金を変更します 。
川村記念美術館ホームページ
URLhttp://www.dic.co.jp/museum/

伊藤レナ(いとう れな)プロフィール
フリーアートライター。明治学院大学大学院文学研究科芸術学専攻博士課程前期修了。専門は日本近世(江戸時代)絵画。その他、古今東西の美術、また美術にとどまらず映画、演劇、音楽、文学など幅広く芸術全般にわたり、ジャンルに拘らず面白いものには接近する。最近は、心理学、精神分析、占いなどにも興味津々。
論文:「若冲についての覚書―「動植綵絵」中の4作品のルーツを探る」
(明治学院大学大学院文芸術学専攻紀要『bandaly』第1号、2002年3月)
●URL●http://www.e-rena.net