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どこまでも美しい音色を求めて!『テルミン』を奏でよう

第1章 テルミンを知る 第2章 テルミンの魅力 第3章 テルミンの演奏法
第1章 テルミンを知る
テルミンは、シンセサイザーをはじめとするすべての電子楽器のルーツです。

「テルミンは、オリジナリティの高い演奏法を有している楽器です」と語る竹内さん。
—まず、テルミンとはどんな楽器なのか、教えてください。
竹内氏(以下、敬称略):テルミンは、1920年にロシアの物理学者レフ・テルミン博士(1896~1993)によって発明された世界最古の電子楽器です。シンセサイザーをはじめとする電子楽器のルーツといえるでしょう。テルミンの最大の特徴は、楽器に直接触れずに演奏する点にあります。後ほど詳しくご説明しますが、テルミンのアンテナから出ている電波を手の動きで制御することで音を奏でます。原理的には、ラジオの受信機に近い楽器です。
—当初は、画期的な楽器として注目されたようですね。
竹内:テルミンが誕生したのは、ロシア革命(1917年)の後でした。当時、ロシアは大きな変革期にあったのですが、電子や電気の力を使って音を発するテルミンは、それまでの楽器の概念を変える革命的な存在だったと思います。レーニンは、当時の社会を“電化”することが重要だと考えていたようですが、その意味でも電子楽器のテルミンの誕生は、とてもタイムリーでした。
—テルミンはどのように普及していったのですか。
竹内:テルミンは、自国(ロシア)の進んだ科学技術を広く世界へアピールする素材として使われたようです。テルミン博士も、イギリス、フランス、ドイツなどヨーロッパの国々に遣わされ、デモンストレーションをしたり、1928~1938年にはニューヨークに拠点を置いて活動したりしました。アメリカでは、ロシア系アメリカ人のバイオリニスト、クララ・ロックモアがテルミンの演奏を始め、楽器としての可能性が広まりました。
—ハリウッド映画にも使われたようですね。
竹内:ヒッチコックをはじめとする映画監督が効果音として使いました。ただし、彼らはテルミンの音を恐怖や不安などの心理描写のために使ったのです。その印象があまりにも強烈だったので、今でもテルミンは怖い音を出す装置という認識が根強く残っています。その後、1960年代にはザ・ビーチボーイズやレッド・ツェッペリンなどのロックバンドがライブで効果音として使いましたが、楽器としてはあまり認識されていないようでした。

垂直方向と水平方向、2本のアンテナが特徴的な電子楽器テルミン。
—楽器として注目されるようになったのは、いつ頃からですか。
竹内:1990年以降だと思います。当時はシンセサイザーの発展が限界に達し、電子楽器に何ができるかを模索していた時期でした。そんな中、新たな音色を創り出すのはテクノロジーだけではなく、演奏する人間にもあることをテルミンが示し、斬新な音楽を創造するための手法のひとつとして注目されるようになったのです。やっと音楽を表現するためのインターフェイス、楽器として評価されるようになったわけです。
—日本でも、人気映画「のだめカンタービレ最終楽章」後編(2010年4月17日公開)で、テルミンが登場するようですね。
竹内:いままでテルミンは「怪しい」音色を奏でる楽器という印象が強かったのですが、映画では原作のコミックにはなかった本格的な演奏シーンが追加されるなど、テルミンにとって大きな進歩だと思います。ラン・ランという中国の著名なピアニストの伴奏に乗って、しっかりとテルミンを演奏するシーンもあります。ちなみに、映画ではテルミンの演奏吹き替えを私が担当させていただきました。「のだめ」によって、テルミンに対する認識が変わってくれると嬉しいですね。

テルミンの生演奏がお楽しみいただけます。

第2章 テルミンを知る
上達するほど、美しい音色が奏でられる。努力のし甲斐がある楽器です。
—竹内さんとテルミンの出会いについて、お聞かせください。
竹内:クララ・ロックモアさんが演奏しているテルミンのCDを聴いて、素晴らしいと思ったのがきっかけでした。それまでシンセサイザーなどの電子楽器は、自分の音が出せないという感じがあって面白くないなと思っていたのです。ところが、クララ・ロックモアさんのCDを聴いた時、演奏者の技術や音楽性、人間性が感じられて、ものすごく深みのある楽器だと気づかされました。シンセサイザーはつまらない存在だと思っていたけれど、テルミンは違うなと感じたのです。
—それで、演奏法を習得するためにロシアに留学されたのですね。
竹内:ある音楽事典には演奏法の習得が不可能なほど難しいと書いてありました。でも、そんなことはないだろうと。それで1993年の夏、演奏法を習得するためにモスクワに留学しました。幸いにもテルミン博士の血縁で愛弟子の、リディア・カヴィナという世界屈指の演奏技術を持つと言われている演奏家に師事することができ、正味1年半、彼女の下で演奏法の基礎を習うことができました。

ロシア留学時代、竹内さんの師匠リディア・カヴィナさんの部屋にて。左から、リディアさん、リディアさんのご主人ゲオルギー・パブロフさん、竹内さん。
—留学時代の思い出で、印象に残っていることはありますか。
竹内:リディアはモスクワ音楽院の作曲科を出た作曲家で、大変厳しい先生でした。何回かレッスンを受け、演奏法が本当に難しくて、これは自分には向いていないとも思いました。テルミンは、楽器の側に音階や音律を決める基準がなく、自分の手の動作によって作り出さなければなりません。それがいかに難しいかを痛感しました。でも、今思えば優れた演奏家であるリディアに師事できて、とても幸運でした。
—テルミンという楽器の面白さはどんなところにあるとお考えですか。
竹内:楽器演奏全般がそうであるように、テルミンも演奏者が上達しない限り美しい音色を奏でることはできません。いわば人間に高みを求めてくる楽器です。でも、だからこそ面白いといえるのではないでしょうか。シンセサイザーを含めた電子楽器は人間がラクをして、誰もが簡単に演奏できるようにという考え方がほとんどですが、テルミンはその反対。人間の能力に負うところがとても大きい楽器なのです。
—演奏が難しい分、チャレンジのし甲斐があるということですね。
竹内:はい。テルミンは本当に上手な人が演奏すれば天使が歌っているのかと思うような美しい音色を出しますが、技術が未熟だとひどい音しか出ません。それくらい習熟度がはっきりと出てしまいます。でも、頑張って演奏が上達すれば、それが音色の美しさとなって現れます。努力の跡が確実に自分に跳ね返ってくる方が夢があるのではないでしょうか。

—ところで、竹内さんは「マトリョミン」という電子楽器を開発されたそうですね。
竹内:マトリョミンは、ロシアの民芸品マトリョーシカにテルミンの機能を搭載した楽器で、マンダリンエレクトロンという私の会社で開発から製造・販売まで行なっています。手のひらに載るほどの大きさで、携帯しやすく、どこでも演奏が可能です。私は音楽と同じくらい機械工作が好きなのですが、マトリョミンの開発はじつに楽しいものでした。





マトリョミン(ME03型)は、高さ22㎝、幅10.5㎝、奥行き11.5㎝、重さ500gのコンパクトな演奏楽器だ。
—マトリョミンを使ったコンサートも行なっていると伺っています。
竹内:現在「Mable(以下、マーブル)」というマトリョミンアンサンブルを結成して、コンサート活動を行なっています。メンバーは私が主宰しているテルミン演奏教室で技術を磨いたエキスパートです。マトリョミンで、弟子たちと一緒に今までになかった音を作るのはなんともエキサイティングで面白いです。テルミンは電波を使って音を出すため、あまり人が近くに寄れない、基本的にはソロで演奏する楽器ですが、コンパクトなマトリョミンなら合奏が可能です。他のプレーヤーと演奏の楽しさを共有できるのは、テルミンとは違った楽しさがあります。

2004年5月に結成されたマトリョミンアンサンブル「Mable」。メンバーは14~15人で構成されている。写真は2006 年、ヨーロッパツアー(ドイツ)での演奏風景。
—マーブルの世界ツアーも考えられているそうですね。
竹内:今までロシアとヨーロッパツアーは行ないましたが、アメリカはまだです。ですからアメリカツアーをやったり、マトリョミンを海外で本格的に販売したいとも思っています。マトリョミンという、こんなに面白い楽器があることを世界にPR していきたいですね。

マトリョミンの生演奏がお楽しみいただけます。

第3章 旅写真の実例
上達の近道は、演奏教室に通って、優れた先生の指導を仰ぐことです。

垂直アンテナは右手、水平アンテナは左手で制御する。垂直アンテナに右手を近づけるほど音が高く、遠ざけるほど音が低くなる。一方、水平アンテナに左手を近づけるほど音が小さく、遠ざけるほど音が大きくなる。
—あらためてテルミンという楽器の原理と演奏法について教えてください。
竹内:テルミンには垂直方向と水平方向2本のアンテナがあり、それぞれ電波を出しています。アンテナに対して手を近づけたり、遠ざけたりして電波の状態を変えることで、音の高さや大きさに変化をつけていきます。音の高さと大きさは、近づける物体とアンテナとの距離、および面積に応じて変わります。したがって、仮にげんこつの形で演奏すれば、手の面積は変わらないから、純粋にアンテナとの距離で音程を作れます。その場合、アンテナにげんこつを段階的に近づけたりすることで、音階のようなものが作れるわけです。
—手の形や動きによって音を作っていくのですね。
竹内:その通りです。ただ音を出すだけならゲンコツでも構わないのですが、美しい音色を奏でるには動作を洗練させなければなりません。実際、私が演奏する場合には、手の形を変えて、距離と面積を連動させて変化させています。手の形を変える演奏法だと、形で音程をとることもできます。テルミンについては、こうした演奏メソッドが確立されておらず、それがテルミンの普及を妨げる要因にもなっていました。そこで私なりに演奏メソッドを整備し、体系化しました。
—テルミンを演奏したいという人は、どうすればよいのでしょうか。
竹内:テルミンには独自の演奏法があるので、それをマスターしなければなりません。独学はお勧めできません。一番いいのは、テルミンの教室に通って、優れた指導者の下で基礎を習うことです。私が知っているだけで、全国に教室が40以上あります。私の弟子も教室を開いていて、カルチャーセンターの中にも「テルミン教室」があるところもあります。そういう場を積極的に活用されてみてはいかがでしょうか。
—テルミンの演奏人口は増えているそうですね。
竹内:テルミンという楽器の面白さや音色の美しさに惹かれて、教室にやってくる人が増えています。そもそも教室が40以上もあるなんて、日本以外の国では考えられません。繊細な日本人にはレベルの高い演奏のできる人が多く、演奏者の層も厚いと言えると思います。
テルミンが日本で受け入れられている背景には、2001年に公開された映画「テルミン」や学研の「大人の科学マガジン」でテルミンが取り上げられたことなどによって、美しい音色を奏でられる楽器として認識されていることが大きいと思います。

「美しい音色を出したければ、手の動作を洗練させる必要があります」と語る竹内さん。
—テルミンという楽器に魅力を感じている人が増えているのですね。
竹内:繰り返しになりますが、テルミンにはピアノやギターのように鍵盤や指板がなく、演奏者の手の動作が音の高さや大きさを決める拠り所になります。演奏者の動きがそのまま音に変換されるので、たとえば心の弱さなどが音のふるえとして表れてしまうことすらあります。このように心理状態や性格までも正直に映し出してしまうテルミンですが、裏を返せば、自分の技術が向上するほど、あるいは人間的に成長するほど、美しい音色や味わい深い音色が出せる楽器だといえます。そのあたりがシンセサイザーにはない魅力であり、ファンを惹きつける要因ではないでしょうか。皆さんも、ぜひトライしてみてください。


埼玉県生まれ。1993年、ロシアへ渡り、電子楽器テルミンの演奏法を習得し、テルミン奏者となる。1996年、モスクワで開催されたレフ・テルミン生誕100周年記念フェスティバル・コンサートに出演。帰国後は、著名ミュージシャンと共演するなど国内外でコンサート活動を展開する。テルミンに関する論文発表や演奏教室の指導などテルミンの普及にも努めている。また、2003年には自身が主宰する楽器メーカー「有限会社マンダリンエレクトロン」からマトリョーシカ型テルミン「マトリョミン」を発売。2004年5月には、マトリョミンの演奏楽団「Mable(マーブル)」を結成し、演奏活動を行なっている。

 主なCD作品に、『Time slips away』『VOCALISE』、主な著書に、『テルミン エーテル音楽と20世紀ロシアを生きた男』(岳陽舎)、『都市と芸術の「ロシア」』(共著、水声社)などがある。

公式ホームページ:
http://www.mandarinelectron.com/theremin/