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~優雅に、心豊かに~ クラシック・ライフを愉しもう
PHOTO/相田憲克

第1章クラシック音楽の魅力 第2章オーケストラの愉しみ方 第3章趣味としてヴィオラを始めるために


第1章 小野富士・音楽家への道筋とクラシック音楽の魅力を語る

ヴァイオリンからヴィオラ演奏家への道を歩む

 父は中学卒業後、旅順(りょじゅん)の学校に行きました。ヴァイオリンが少し弾けたようで、そのために横道に逸れずにすんだそうなんです。それで息子にもヴァイオリンをやらせようと思ったらしい、趣味を持つ程度に。ヴァイオリンを3歳から習い始めました。小学校の初め頃までは練習が嫌いでしたが、4年生頃から徐々に好きになって、中学校ではオーケストラ部がありましたので、その頃はけっこう好きになっていました。
 しかし、父に音楽家になることは反対されました。「エンジニアになりなさい」と言われて、東海大学の電気工学科に進みました。大学2年のとき基礎的な実験が始まったのですが、まるで興味が湧かなかったものですから、これは続けられないなと・・・。当時東海大学オーケストラ部の指揮者の先生に相談したら、「ヴィオラだったらなんとかなるかもしれない」と言われて、3年に進級するちょうど20歳になったときに、父に手紙を出したんです。「勘当されても音楽家になります」と。東海大学卒業と同時に東京芸術大学音楽学部器楽科に入学して、ヴィオラ演奏家として音楽家を志しました。

弦楽四重奏への想いがつのって

 クァルテットには忘れられない思い出があります。中学のときオーケストラ部で演奏していましたが、先輩に誘われて弦楽四重奏を始めたのです。先輩が買ってきた新しい楽譜を初見(初めて見た譜面で演奏する)で弾かされるんです。その初見遊びがけっこう楽しくて、毎週日曜日に練習をしていました。そのおかげで中学3年のとき、全国から集まる「TBSこども音楽コンクール」に、男4人のボウズ頭クァルテットで出場して全国大会まで進みました。地方大会の時、審査員控え室で今は亡き指揮者の山田一雄先生にお会いして、お話しを伺えたことも忘れることができません。ですから、クァルテットでの活動もできるだけ続けていきたいと思います。

クラシック音楽の魅力とは、イメージの世界でいろいろな旅ができるということ

 音楽というのは想像(イメージ)することが多いですね。音を聴くということは、そのイメージを膨らませる愉しみにつながると思います。演奏するということは、イコール音を聴くことです。他の楽器と合わせてみると、お互いの音を聴きながら、自分の音も余計聴くようになります。楽譜から音を出すことで、作曲家が何を表現したかったのだろうかということを常に考えています。
 私にとって、クラシック音楽の魅力とは、イメージの世界でいろいろな旅ができるということです。いろいろな国の音楽を通して、居ながらにして世界旅行や、時と場合によっては宇宙旅行までできてしまうように思います。

ロシアの作曲家ショスタコーヴィチの演奏に魅せられて

 弦楽四重奏をやりたいという思いは昔からあったのですが、いざ芸大に入ってクァルテットをやろうと思うと、なかなかメンバーのスケジュールが合わずにやれませんでした。しかし、10数年前に来日したモスクワ・シアターオペラの「鼻」や、ケルン歌劇場の「ムツェンスク郡のマクベス夫人」の原典版を聴いて、凄惨な場面はもちろん期待通りでしたが、その他の普通の場面が静かで、たとえようもない美しさがあって、とても感激したものですから、これはショスタコーヴィチを体験しなければと思ったのです。
 ショスタコーヴィチ(1906~1975)は、ずっと気になる作曲家でした。ある日ヴァイオリンの荒井英治にショスタコーヴィチの弦楽四重奏曲をやらないかと誘ったら、彼はショスタコーヴィチを子守唄がわりに聞くほど好きだったそうで、話がすぐに決まりました。自分の人生を賭けてでもショスタコーヴィチをやるぞという義務感で、1992年から年に2度ずつ彼の弦楽四重奏曲を演奏して全15曲を体験しようと、「モルゴーア・クァルテット(※)」を始めました。現在までは全15曲を2サイクル演奏しました。
 2006年9月25日がショスタコーヴィチの生誕100年です。その日に絡めて、たった3日で全15曲演奏するというコンサートを企画しています。昼と夜2回公演もありますから、体力勝負です。クラシックはちょっと、という人もはまるかもしれませんね。当時、ソ連当局にショスタコーヴィチの前衛性は社会主義リアリズムに反すると睨まれていたのですが、今になってみると、そのおかげで割合オーソドックスな書法で書かれたためいろいろな人が再現する余地を残してくれたことにもなるのでしょう。
モルゴーア・クァルテット
『モルゴーア・クァルテット』ショスタコーヴィチの弦楽四重奏曲を演奏するため結成された。
左から(敬称略):荒井英治(第1ヴァイオリン)、戸澤哲夫(第2ヴァイオリン)、小野富士(ヴィオラ)、藤森亮一(チェロ)


(※)モルゴーア・クァルテット(MORGAUA QUARTET)は、ショスタコーヴィチの残した15曲の弦楽四重奏曲を演奏するため、第1ヴァイオリン荒井英治、第2ヴァイオリン青木高志、ヴィオラ小野富士、チェロ藤森亮一によって1992年秋に結成された弦楽四重奏団。翌年より第1回定期演奏会を開始する。
1998年1月、第10回“村松賞”受賞。2001年第2ヴァイオリンを戸澤哲夫に交代。2001年11月からは「トリトン・アーツ・ネットワーク」との共催で《モルゴーア・クァルテット・ショスタコーヴィチ・シリーズ》を5回にわたって行い、2003年12月に2度目の完奏。
2004年1月の第20回定期演奏会からはバルトークの弦楽四重奏曲6曲と、ハイドンの作品50の6曲を柱にし、他に20世紀の作曲家を紹介するプログラムを開始し、その斬新なプログラムと曲の核心に迫る演奏は、常に話題と熱狂を呼んでいる。2005年4月、マイスター・ミュージックから『ボロディン:弦楽四重奏曲集』を発売。モルゴーアという名称はエスペラント語(morgaua=明日の)に原意を持つ。
●第1ヴォイオリン 荒井あらい英治えいじ/東京フィルハーモニー交響楽団ソロ・コンサートマスター
●第2ヴォイオリン 戸澤とざわ哲夫てつお/東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団コンサートマスター
●ヴィオラ 小野おの富士ひさし/NHK交響楽団フォアシュピーラー
●チェロ 藤森ふじもり亮一りょういち/NHK交響楽団首席奏者

モルゴーア・クァルテット 第36回定期演奏会


「モルゴーア・クァルテット」(弦楽四重奏団)による第36回定期演奏会が開催されます。弦楽四重奏曲傑作選の夕べを存分にお愉しみください。




日時:2012年1月30日(月)19:00開演
会場:東京文化会館 小ホール


荒井英治(Vn) 戸澤哲夫(Vn) 小野富士(Va) 藤森亮一(Vc)

〈曲目〉
●F.プゾーニ:弦楽四重奏曲 第2番 ニ短調 作品26

●H.プフィッツナー:弦楽四重奏曲 ニ長調 作品13

●J.ブラームス:弦楽四重奏曲 第1番 ハ短調 作品51-1

〈全自由席〉一般\4,000 学生\2,000
〈チケットの購入〉
CNプレイガイド 0570-08-9990
東京文化会館チケットサービス 03-5685-0650
〈お問合せ〉ミリオンコンサート協会 03-3501-5638


第2章 オーケストラの愉しみ方

オーケストラを観る愉しみ

 最初は安い席を買ってオペラグラスでオーケストラを鑑賞してみましょう。実は1階席より料金が安い2階、3階席のほうが、音響的にはよい席なのです。ヴィオラやヴァイオリンは音が上に行くので、1階席は料金が高いわりには音響的にはイマイチなのです。もう1つは、チェロやコントラバスの表板が正面に見える席は、いい音で聴くことができます。また2階、3階席からはオーケストラ全体が見えるのもメリットです。視覚と聴覚の総合面でも、上の階の方がよいと言えます。最近は指揮者の表情がよく見えるオーケストラの裏側の席があります。楽器の反対側になってしまうので音響がよくないというデメリットがありますが、指揮者の表情がよく見えるのは迫力が伝わってきて面白いかもしれません。

オーケストラを聴く愉しみ

 コンサートに出かけることで、レコードやCDとは違う“生の音”が聴けるという愉しみがあります。できればオーケストラのメンバーと知り合いになると、その人からいろいろな情報が聞けるのです。例えば、楽屋口にいると楽員が通りますから、気軽に声をかければいいのです。ウィーンフィルやベルリンフィルなどは世界的なオーケストラとして人気がありますが、彼らはウィーンやベルリンの町の人たちとは知り合いなのです。クラシックとポピュラーの世界とのいちばんの違いは、ほとんどの場合付き人がいないことです。有名な演奏家でも結構1人で歩いています。N響はよく地方公演に行きますから、どうぞ気軽に声をかけてください。

 好きな指揮者を追いかけてあれこれ聴くのもひとつの方法です。指揮者というのは、オーケストラの楽員が定年になる年を自分が越えたときに、指揮者の人生がやっと始まると言われています。つまり、自分より年上がいるうちは文句を言われ続けるんです。ある程度年齢を重ねてくるとオーラが出てくるのですが・・・。
 クラシックでは指揮者とピアニストがたいへんですね。なぜかというと、1人で成長しなくてはなりませんから。私たちはいろいろな指揮者や演奏家たちと共同作業する中で、いろいろな人に刺激をもらうわけです。ところが、指揮者とピアニストは自分の才能がすべてという部分が多いですからね。

オーケストラの編成を知る


N響オーチャード定期演奏会
 10年前くらいまでは、アメリカのストコフスキーが考えた左から第一ヴァイオリン、第二ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、コントラバスというステレオ効果を考えた配置が一般的でした。最近では、古楽器アンサンブルの普及などでさまざまな配置をするようになってきています。

弦楽器の役割
第一ヴァイオリン
オーケストラの主役を張り、メロディを弾く。
第二ヴァイオリン・ヴィオラ
アンサンブルの真中に入って、たとえば同じメロディがあっても豪華なものにも、素朴にも変えることのできるスパイス的な役割で支える。
チェロ
オーケストラではコントラバスとともに低音を支えていることが多いが、メロディを弾くことも多い。
コントラバス
オーケストラ全体の低音部を支えている。

クラシックコンサートのマナー
Q
開演のどれくらい前に行ったらいいのでしょうか?
A
30分前くらいの開場が一般的です。余裕をもって、ちょっと早めにいきましょう。会場で配られるプログラムには、作曲者についての情報や、評論家による作品の聴きどころなど有益な情報が満載なので、演奏に対してのイメージを膨らますことができます。最低限その日の曲目といくつの楽章で構成されているのか、ぐらいは把握しておいてください。
Q
開演に遅れた場合、どうすればいいでしょうか?
A
開演に遅れた場合、演奏中は入れません。楽章が切れたときに係の人が案内してくれますが、自分の席まで行かず、その曲全体が終わるまでは入った場所で聴くことは大切なマナーです。自分の席まで移動する人がいると、演奏の妨げになります。曲の間や休憩時間に自分の席に移動しましょう。
Q
クラシックコンサートに行くときの服装は、どんなふうに考えたらいいでしょうか?
A
オーケストラのコンサートでは基本的にどんな服装でも構いません。カジュアルな服装で十分です。ちょっとおしゃれをして行くのは、もちろんステキなことです。
Q
オペラ鑑賞の場合は正装しなくてはなりませんか?
A
オペラの1階席だとネクタイと上着は必要です。オペラではジーパンは避けたほうがいいです。
Q
荷物や冬のコート類は預けたほうがいいのですか?
A
マナーとしては預けたほうがいいのですが、終演後クロークが混み合いますので、自分で持っていたほうが無難でしょう。終演後はそのほうが早く帰れます。しかし、外国ではマナーとして預けたほうがよいでしょう。
Q
拍手とブラボー!のタイミングは決まっているのですか?
A
拍手とブラボーは、基本的には楽章間ではしないことになっています。最終的に極端な例としては、オーケストラでは指揮者がお客さんのほうを向いた時、指揮者がいない場合は、演奏家が椅子から立ち上がった時です。演奏家にとっていちばん困るのが早い拍手です。早い拍手ほどいらないものはないのです。どんなに興奮しても演奏が終わった瞬間には、その響きを演奏者もお客様も聴いているので、すぐには拍手をしないでいただきたいのです。音が終わった“間”も大事な音楽なのです。
Q
花束をあげるタイミングはいつがいいでしょうか?
A
クラシックでは基本的には受付で預けたほうがよいと思います。花束についているセロファンがカチャカチャうるさいからです。楽屋口にいって直接渡すのはだいじょうぶです。
Q
楽屋口で待っていてもよいのでしょうか?
A
いいのですが、オーケストラの楽員は楽屋口から出るとは限りません(笑)。
Q
一般的にアンコールの出入りは何回までと決まっているのですか?
A
決まっていません。拍手があれば喜んで何度でも出ていきます。
Q
咳が出そうなときはどうしたらいいでしょうか?
A
アメを用意すると便利です。咳が出そうな時にはハンカチを口にあてるだけでも、周囲の方への迷惑はずいぶん違います。
Q
客席のマナーとして注意することはありますか?
A
一番前の席の人は演奏家からよく見えますから、思っている以上に気になります。映画と違ってコンサートは演奏側からも客席が見えるので、一緒に演奏を作り上げるという意識で座っていてほしいと思います。


クラシックCDを聴き比べると面白さが増す

 コンサートで自分の好きな曲や、感動した曲に出会ったら、その曲のCDを聴いてみましょう。お金と時間の許す範囲で複数のCDを聴き比べてみるといいです。クラシックというのは古典落語と同じで、ストーリーが決まっていて、新しいネタはないのです。再現芸術ですから、決まっているものをどう料理するかというところに面白さがあり、そこを聴き比べてみると結構面白いのです。
 味付けというのは、オーケストラのバランスです。演奏家には作曲家が求めているものを表現するという命題が常にあるのです。それを追求しながら演奏しています。例えば、ベートーヴェンの5番交響曲“運命”を自分だったらどう演奏するのだろうか、と考えるのではなく、彼の曲にどうしたら近づけるのだろうと考えることで演奏が面白くなってきます。一生つきあっていける命題なのです。演奏家は常にそういう姿勢を目指しますので、わざとバランスを変えなくても、微妙に違ってくるものなのです。その味付けを聴き比べることができると、さらに面白みが増すでしょう。

第3章 趣味としてヴィオラを始めるために

ヴィオラという楽器とは

 オーケストラで使う弦楽器にはヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、コントラバス、それとハープがあります。ハープ以外は一見同じ形ですが、それぞれ大きさが違います。ヴィオラはヴァイオリンよりひと回り大きいです。ヴァイオリンは胴体の縦の長さが37、8㎝くらいと決まっていますが、ヴィオラは大きさが38~46㎝くらいと千差万別です。日本人ですと、40~41㎝くらいのものを使うのが一般的です。それから、「調弦」が違います。ヴァイオリンは4本の弦で、上からミ・ラ・レ・ソです。ヴィオラは一番上のミがなくて、ラ・レ・ソ・ドです。チェロは、またその1オクターブ下のラ・レ・ソ・ドです。弦楽にはもう一つ、コントラバスがあります。ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、コントラバスを比較した場合、ヴァイオリンとチェロは音響特性がいいのです。それに対して、ヴィオラとコントラバスは音響特性が悪いのですが、ヴィオラはヴァイオリンとチェロの間で、サンドウィッチの中味なのです。中味によって全体の味が変わるということです。アンサンブルなどではクッションの役割でもあり、料理のスパイスでもあるのです。

ビギナーの練習法について

 カルチャースクールやミュージックスクールなどで始めてみるのもいいでしょう。半年くらいで愉しくなってくるでしょう。音楽は聴くだけでなく、自分で演奏してみると作曲家が自分の中に入ってきて、作曲家とつながっている感じを実感できるかもしれません。そういう愉しみ方があるのです。練習していくうちにできることが増えてきます。肩も凝ってくると思うのですが、そういうときには、私の本で『おのふじびおら デラックス』(レッスンの友社)をぜひ読んでいただきたいと思います。

ヴィオラ奏者・ヴィオラ愛好家のためのガイドブック
おのふじびおら デラックス  小野富士(ひさし)著 \2,520(税込み) (レッスンの友社)

 ヴィオラを最初に持つところから、演奏するための重要なテクニック、そして代表的な楽曲も取り上げて、その演奏法を解説している。さらにレッスンの受け方、質問コーナーもあり、自身の体験も交えての音楽観も随所にちりばめられている。
 アマチュア・オーケストラでの演奏体験、指導経験もあり、アマチュア演奏家の心もよく理解している著者は、全体に温かい調子で丁寧に書いているので、とても親しみやすく、読みやすいものとなっている。ヴィオラ奏者、ヴィオラ愛好家のためのガイドブックとして、多くの方にぜひお勧めしたい。(レッスンの友社より転載)

「おのふじびおらデラックス」(レッスンの友社)のお問い合わせ先
(株)レッスンの友社 〒167-0032 東京都杉並区天沼3-2-2 荻窪勧業ビル3F
TEL:03-3393-5921(代)/FAX:03-3398-4971
URL:http://www.lesson.co.jp/frames/f_string.html


◇小野富士(おのひさし)プロフィール

1955年福島市生まれ。3歳からヴィオリンを始める。’81年、東京芸術大学音楽学部器楽科ヴィオラ専攻卒業。’81年7月から’85年12月まで東京フィルハーモニー交響楽団に副首席ヴィオラ奏者として在籍。’86年5月、第21回東京国際音楽コンクール弦楽四重奏部門で、“斉藤秀雄賞”受賞。’87年3月NHK交響楽団に入団、同年10月から同楽団フォアシュピーラー。’92年、“モルゴーア・クァルテット”の結成に参画。’98年1月モルゴーア・クァルテット・メンバーとして第10回“村松賞”受賞。ソロ活動としても東京で4回のリサイタルを開催。東京芸術大学非常勤講師として、後進の指導も行っている。単行本「おのふじびおらデラックス」(レッスンの友社)を2005年1月刊行。