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東京散歩 第2回副都心線編
平成20年6月14日。副都心線が開通し、池袋・新宿・渋谷の3つの街が1本の地下鉄で結ばれた。そこで、今回の 〈東京散歩〉 は副都心線の沿線に注目。前回の浅草編にもご登場いただいた柳澤愼一氏と、新たにジャズピアニストで編曲家の小林洋氏が旅に出る。コリアン・タウンでチャミスルを味わい、新宿歌舞伎町で美人女将とランデブー、明治神宮前のジャズバーでは年代もののLPレコードに聞き惚れた…。

今回の旅人
柳澤 愼一(やなぎさわ・しんいち)
NHK料理研究家の江上トミさんから『在野の料理名人・柳澤愛子さん』と絶賛された方のご子息で、その舌感(音感も)は抜群、さらに「人は品・酒食も品」を唱える『酒魔』としても著名。40年以上も前に焼酎の効用を説いて日本蒸留酒組合から表彰されるなど“東京散歩”に打ってつけの旅人! 現在は有料老人ホーム「気まま館東大和」の名誉館長さん。

小林 洋(こばやし・よう
ジャズピアニスト・編曲家。1982年、村上京子氏(現・奥様)と女性コーラスグループ「ザ・シャイニーストッキングス」の結成に参画。以後、音楽テレビ番組の音楽プロデュースなどの仕事に携わる。現在、「栗田八郎トリオ」「根市タカオトリオ」「光井章夫カルテット」「柳澤愼一とスイングオールスターズ」など多くのバンドに参加。ここ数年は、息子でジャズボーカリストの小林桂氏の録音・コンサートなどの音楽監督を務める。




 池袋駅から副都心線で約7分。大江戸線も乗り入れている東新宿駅は、日本有数のコリアン・タウン「大久保」への玄関駅だ。地下鉄を降りて地上に出たら、職安通りや大久保通りを歩いてみるといい。店頭に掲げられたハングル語、中国語、タイ語などの看板の中、すれ違うアジア系の人々を眺め、聞き馴れない言語を耳にしていると、ここは本当に日本なのかと疑わしくなってくる。極めつけは、JR山手線の新大久保駅前だ。駅から吐き出される人、吸い込まれる人を見ていると半数近くが外国人、アジアのどこかの雑踏に迷い込んだような錯角を覚える。そして、大久保に生きる人々の多国籍性に、しばし圧倒されるのだ。今回の〈東京散歩〉は、ここ大久保から始まる―。

コリアン・タウンで焼肉を味わう
 大久保通りをJR新大久保駅方面に歩き、途中、左に折れて細い路地に入り西大久保公園の裏手まで歩いていくと、本日のお目当ての1軒目、「カントンの思い出(※1)」という店がある。大久保には韓国食堂が何軒もあり、土地に不案内な者にはどの店が良いのか皆目見当がつかない。初めてコリアン・タウンを訪れる者にとっては異国を歩くのと一緒で、頼りになるのはガイドブックと口コミしかない。「カントンの思い出」は、小林氏が以前利用したことがあり、お勧めの店とのこと。なにより小林氏は大久保に住んでいるのだ、地元の人の言うことに間違いはない。柳澤氏も、以前テレビでこの店を紹介した番組を見たことがあるという。
日本にいながら、異国へトリップ。大人の遊び心をくすぐる副都心線沿線を行く。

 木造りの店内に入ると、屋台風にしつらえたテーブル席に通された。まずは生ビールで乾杯する。
小林 この店は週末になると予約でいっぱい。人気があるんだよね。ところで、店の名前の「カントン」ってどんな意味なんだろう。広東料理の「カントン」ではないですよね?

柳澤 それはね、「空き缶」のことなんです、空き缶をどうにかすると、「カントン」「カントン」って音がするから…。
小林 うそでしょ~(笑)
柳澤 うそじゃないですよ。「空き缶」は、子供の頃の思い出っていう意味なんです。


 柳澤氏の言うように、「カントン」は韓国語で「空き缶」を意味し、店名には子供の頃の思い出がつまった店という意味が込められている。そのせいか、店内には1960~70年代の古新聞が壁紙として使われていたり、古いテレビや柱時計が飾られていたりと、昔懐かしい雰囲気が漂っている。

 喉を潤したお二人は、サムギョプサル、豚皮のカリカリ焼き、はるさめなどを注文する。サムギョプサルは店の看板メニューのひとつ。分厚い豚のバラ肉を鉄板で焼く料理である。
 店員さんが丸い鉄板いっぱいに豚のバラ肉を広げていく。

 ボリューム感のある豚肉は見るからに旨そうだ。店員さんが肉の焼き加減をみて裏返してくれたり、小さくカットしてくれるのもありがたい。お二人は、チャミスルという韓国の焼酎やマッコリという韓国式ドブロクを味見する。

小林 大久保のコリアン・タウンは観光地と化していて、日本人向けに割高な料金で商売している店がたくさんあります。とくに表通りの店は、日本人のおのぼりさんを相手にしているので高いですね。ここに住んでいるとわかりますけど、学生は高い店には行かず、安くておいしい店に行く。「カントンの思い出」もそんな店のひとつです。店の対応が親切で、非常にリーズナブル。とてもいい店だと思いますよ。でも、表通りから外れた路地には、一見さんだと入りにくい店もあります。店先でお客さんがみんなチャミスル飲んで、ハングルしか話していないような店だと二の足を踏んでしまいますよね。
 ところで、大久保にコリアン・タウンが形成されるようになったのは、バブル経済崩壊後のこと。バブル期までの大久保には、新宿歌舞伎町の韓国クラブなどで働くホステスが住み、彼女たちに故郷の味を提供する小料理屋が点在していた。それがバブル崩壊後の不景気の中、ビルの空き店舗を埋める形でニューカマー(ジャパニーズドリームを求めて来日したビジネス目的の韓国人)が進出。1994年に開店した職安通りの「韓国広場(※2)」の誕生や2002年のサッカーW杯日韓共催などもコリアン・タウンの形成に一役買った。

 そして、大久保は日本屈指のコリアン・タウンに成長したのである。
 柳澤氏は、以前テレビ番組で見てぜひ味見したいと思っていた「豚皮のカリカリ焼き」を口に運ぶ。ところが、肝心の「カリカリ感」が期待外れとあって、

少々落胆のご様子。もしやメニューが違ったのか…。
柳澤 たしかテレビで見たのは、油を落として豚皮をバリバリになるまで焼いて。う~ん、テレビに騙されたか…。

京風のおばんさいが美味しい「黒川」へ
 ほろ酔い気分になったところで、店を出る。夕暮れ間近の空の下、細い路地を風に吹かれてのんびりと行く。次に目指すのは、大久保の隣町、新宿歌舞伎町の「黒川(※3)」。美人女将が切り盛りする串焼き・おでんの店である。
 広々とした職安通りを東新宿駅方面へ歩く。コリアン・タウンのメインストリートのひとつ、職安通りには、K―POP(韓国ポップス)のCDやDVD、韓流スターの情報誌などを扱う「コリアプラザ(※4)」がある。道を隔てた真向かいには、韓国食材がなんでも揃うスーパーマーケット「韓国広場」が店を構える。「韓国広場」はニューカマーの最も顕著な成功例であり、日本における韓国食文化の情報発信基地でもある。24時間営業で年中無休、店内を覗いて、そのたくましい商魂を感じてみたい。
 職安通りを右に折れ、区役所通りに入る。左手に稲荷鬼王神社を見ながら歩いていくと、「黒川」はもうすぐだ。
 店は、ビルの2階にある。外階段を上がると、白い暖簾が出迎えてくれる。

 引き戸を開けて店内に入ると、カウンター席が12ほど、ほかに小座敷が2つある。店内は明るく、清潔感に溢れて清々しい。
 美人と評判の女将は、かつて新宿で人気のホステスだった。新宿に店を構えたのは、平成4年。当時は新宿・風林会館の近くに店があったが、2年後に今の場所に移ってきた。新宿の外れに移っても客足は絶えないというから、女将の人気推して知るべしである。むろん、料理も旨い。おでんや串焼きを中心に、「おばんざい」と呼ばれる京都の家庭料理が味わえる。メニューは煮物、炒め物、魚、青ものなどつねに7~8品ほど用意されている。メニューは日によって変わるので、どんな料理にありつけるのかは来てのお楽しみである。「おばんざい」は、女将の母上が腕によりをかけて日々調理していると伺った。
 柳澤氏は日本酒の「太平山」を、小林氏は焼酎をロックで飲む。柳澤氏は、1軒目に食べた「豚皮のカリカリ焼き」のリベンジとばかりに鳥の皮を注文した。


小林 テレビだと、料理を美味しく見せようとしていろいろ小細工をする、つまり「偽装」することもあるっていいますよね。
柳澤 そう、今はすべて偽装の世の中(笑)。電車の中でも若い子が偽装(化粧)しているでしょ。
小林 でも、どうしてこうなってしまったんだろう。流行って怖いですよね。それまで当たり前であったことが、当たり前ではなくなってしまうんだから。
柳澤 それに今の世の中、欲の皮の突っ張った人が多過ぎますよ。額に汗して、手を汚して、働いて稼ごうという心のない人が多すぎますよ。
小林 20代の若者がコンピュータを前にして先物取引のようなものをやってますよね。今日は4億儲かったとか…。それは、働いて得たお金じゃない。パンかじりながら、ひたすらパソコンの前に座って。要するにゲームですよね。
柳澤 それで何億儲けても、そのお金は一生かけても使い切れないじゃないですか。使い切れないものを集めて、どうするつもりなのか。社会福祉に使うなら、いざ知らず…。
小林 そういうのを見ていると、不思議な気持ちになりますね。確かにお金がないと生きていけないけれど、ほどほどでいいじゃないかと。お金だけじゃなくて、やりがいみたいなものがあるじゃないかと思うんですよ。どうもおかしいですよね。

 柳澤氏も小林氏も、人前で歌ったり、演じたり、演奏することで生活して来た。自分の肉体を使い、技量を磨いて生活の糧を得てきたお二人にすれば、マウスの操作ひとつでお金を儲けるやり方は理解できなくて当然だ。「稼ぐ」と「儲ける」とでは似て非なるもの、質がまったく違うのである。

 カウンターの向こうでは、女将がてきぱきと立ち働いている。小林氏が注文したはんぺん、がんも、大根が小皿に盛られて運ばれてくる。それを口に運びながら、小林氏が今の職業に至るご自身の原点を語ってくれた。
小林 今はピアノを弾いてますけど、僕はピアノ教室に通ったわけじゃないんです。生まれたのは新潟の田舎町で、音楽一家などではなかった。ジャズとはまったく無縁でしたね。ただ、父親がよくクラシックを聞いてました。オーディオマニアでアンプを自作したり、レコードのターンテーブルを加工したり。でも、僕にとっての音楽といえば流行歌でしたね。中学生の時には、当時の流行歌の楽譜を音楽室に持っていって、ピアノ開けて鍵盤叩いてたんですよ。今ピアノを弾いてるのも、その延長なんですよね。
 「ジャズ風ピアニスト的アレンジャー」として活躍する小林氏。その音楽的感性や才能を育む下地は、流行歌と音楽好きの父親がいる家庭環境にあったのかもしれない。

ジャズバー「ボロンテール」で、レコードと酒を愉しむ
 出汁が絶妙に染み込んだおでんを平らげ、「黒川」を後にする。新宿歌舞伎町の夜空には、電飾看板のネオンが瞬いていた。次に目指すは、明治神宮前のジャズバー「ボロンテール(※5)」。まずは副都心線の新宿三丁目駅へ向かう。
 ホテル街を横に見ながら、区役所通りを折れ、明治通りを歩く。やがて、右手に花園神社が見えてくる。その近くに、副都心線新宿三丁目駅への入り口が新設されていた。蛍光灯が煌々と灯る地下通路をお二人が行く。

 明治通りの下に掘られた地下通路は、花園神社から新宿三丁目駅を経て、新宿タカシマヤまで延びている。全長約790メートルと結構長い。「動く歩道」が欲しいくらいだ。
 真新しい改札を通り抜け、開業間もない副都心線に乗る。副都心線は「普通」「急行」「通勤急行」で運行されており、「普通」以外では停まらない駅もあるので注意が必要だ。ちなみに「明治神宮前駅」は、「普通」電車しか停まらない。  副都心線を明治神宮前駅で下車し、明治通りを渋谷方面へ歩く。すると、通りに面したビルの2階に巨大なレコード盤がディスプレイされた店がある。道を隔てた対面から見ると、壁に「レスター・ヤング」と「ビリー・ホリデイ」のポートレートが掲げられているので目印になる。
 らせん階段を上がって店内に入ると、壁一面にストックされたレコードが目に飛び込んできた。その数約2、000枚。照明も壁も、店内が飴色に包まれ、気持ちが落ち着くことこの上ない。
 「ボロンテール」は、ママの坂之上京子さんがひとりで切り盛りしているジャズバーである。デザイナーを目指して鹿児島から上京した彼女が知り合いに勧められて店をオープン、今年開店30周年を迎えた。 ジャズ喫茶やジャズバーが廃れていく中で、立派に生き残っている店である。小林氏は20年ほど前に来店したことがあるという。じつはこの店、2008年4月19日に、「ザ・ドキュメンタリー原宿・ジャズのある風景」(テレビ東京)というTV番組でも紹介された。

小林 ひと昔前までは、こういうジャズバーたくさんありましたよね。新宿、四谷、お茶の水にもありました。
坂之上 そうですね。でも、ジャズのお店もだんだん少なくなって。若い人がゆっくり音楽を聴きながらお酒を楽しむ空間を持たなくなったような気がします。

 店の壁には、ジャズミュージシャンの写真が額縁に入れられて丁寧に飾ってある。その写真を一枚一枚眺めていると、彼らに注ぐママの愛情や敬意が感じられてくる。
 柳澤、小林両氏はジントニックを注文する。コースターには、ビリー・ホリデイやカウント・ベイシーらの絵が描かれている。イラストレーターの和田誠氏が描いたものだそうだ。「何か、リクエストはございますか」とのママの声に、柳澤氏が応えた。

柳澤 テレビで拝見した、カウント・ベイシーとミルス・ブラザーズ、あれを聞きたくて来たんです。僕は、本(柳澤氏の著書『スクラッチノイズ』)の中で、ミルス・ブラザーズをとても誉めているんですよ。ミルスはお父さんとその3人の息子のグループで、ミルスはビッグバンドと共演したレコードよりギター一本で演ってるのが最高にいいですよ!


小林 たしかにすばらしいですね。ミルスは黒人だけど、デリケートでソフィスティケートされていて白人っぽいと言われたんですね。
柳澤 いわゆる黒人臭さがないからね。でも音楽やるのに黒人、白人は関係ないの。トランペッターのウィントン・マルサリスが言ってますよ。「どうして白人が黒人っぽく歌わなきゃならないのか、白人は白人のジャズをやればいいんだ。

日本人もどうしてイエロージャズができないのか。日本人のジャズをやらないで、どうして黒人に迎合したジャズをやりたがるのか。そんなことをしても無理だし無駄だ!」と。
小林 その人なりに、いい音楽ならいいわけですよね。
柳澤 まず、楽しければいいんですよ。
 レコード針は盤上を滑らかに走り、店内に軽快なサウンドを奏でていく。ご両人はジントニックをお代わりしながら、日本の音楽文化や芸術について語り続ける。

柳澤 日本の音楽界で変だなと思うのは、とにかく舶来至上主義だということ。アメリカのバークレー音楽学院で学んだりして日本に帰ってくるとプロモーターがもてはやすでしょ、アメリカ帰りというだけで。たとえば、テネシーワルツのような切なく寂しい失恋の歌を、まるでケンカを売るような解釈で歌う歌手がいる。また、それを有難がって聴きにいく人が多いというのも不思議ですね。
小林 たとえばゴスペルなんていうのは、絶対日本人が歌うべきではないと思うんですよ。発生からして、とても神聖なものですから。
柳澤 言うなれば仏教徒が軽井沢教会で結婚式を挙げるようなもの。クリスチャンでもないのに教会で挙式するコッケイ・・・・さね。
小林 でも、日本の聴衆は偽装に弱いんですよね(笑)。音楽だけじゃなくて、ファッションでもなんでも。
柳澤 芸術文化に対する自己判断力がなさ過ぎるから、日本人は騙しやすいんですよ。
小林 自分はこういう考えだということを言えない国民だから、みんな騙されちゃう。これは時代が新しくなっても、変わらない何かがありますよね。
柳澤 日本人の国民性ですよ。

 ミルスのレコードを聞き終えると、続いて柳澤氏が「トミー・ドーシー」の曲をリクエストした。ママはレコードの棚からすばやくトミー・ドーシーのLPを取り出し、ターンテーブルにセットする。
小林 これだけレコードがあっても、どこにあるかわかるのは、すごいですね。
坂之上 もう、カンピューターで(笑)
柳澤 今リクエストしたLPに、「アイム・ゲッティング・センチメンタル・オーバー・ユー」が入っているといいんだけど…。
小林 それにしても昔の音楽は血が通ってる。温かいね。

柳澤 なにせ単一録音だものね。
小林 マイクひとつで、みんなでバランス取り合って。
柳澤 やはりアンサンブルとハーモニーが音楽なんですよ。ステレオなんて絶対許せない、ステテコは二つに割れてないと困るけど、モノラルでいいんですよ。
小林 昔のレコード盤なんて、全部モノラルだものね。
柳澤 ハーモニーも、体感リズムが揃わなかったら難しいんだから。
小林 そうですよね。知り合いにグレン・ミラー楽団でトロンボーン吹いていた人がいて、彼にリズムについて聞いたことがあるの。

周りの音が聞き取りにくかったらリズムがずれないの?って。そうしたら、ワン・ツー・スリー・フォーでみんな一斉に音を出したら合わないはずがないと。そこまで言い切るんですよね。
柳澤 つまりバンドのメンバーひとりひとりにメトロノームがあるんですよ。そういうことを日本のミュージシャンは知らなすぎるかもしれませんね。
小林 ええ、日本人がものすごく遅れているところですよね。話は違いますが、クラシック音楽ってヨーロッパのものなんです。

それを、藝大(東京藝術大学)で有名な教授について、クラシックをわかったつもりになった人が本場へ行くでしょ。すると、「あなた、何勉強してきたの?」って、コケにされてしまうという現実がある。
柳澤 それは日本の音楽学校の教授方法にも問題がありそうですね。たとえば、日本ではカラヤンという指揮者がもてはやされるでしょ。でも、本当にクラシックのオーケストラが好きな人はカラヤンをいいとは言わない。むしろ、トスカニーニとかフルトヴェングラーといったオーソドックスな指揮をする人を支持するんですよ。そう考えると、日本では何かゆがめられたものが正統派になりやすいように思えますね。

 柳澤氏と小林氏の音楽談義は尽きることがない。本質を鋭く突いたお二人の音楽論、日本芸術文化論はじつに痛快で、興味深いのである。
 店内に、再びミルス・ブラザースの曲が流れた。『Our Golden Favorites』のナンバーである。自身ステージでもよく披露されるトロンボーンの口真似でメロディーをなぞる柳澤氏。「いい音って押し付けがない。聞けっていわないんですよね」と穏やかな表情を浮かべる小林氏。お二人とも、約70年前に録音された臨場感あふれるモノラルの音源を心底楽しんでいた。
 ところで、心ゆくまでジャズを愉しめるこの店が、明治通りの拡張工事によって立ち退きの必要に迫られているという。近いうちに店を移さなければならないらしい。この店は、ママの坂之上さんが25歳の時にオープンした。ママにとっても、お店のファンにとっても、かけがえのない宝物である。ジャズと酒をこよなく愛する大人たちのために、今日まで灯してきたジャズバーの火を絶やすことなく、また違った場所で燃やし続けてくれることを祈るばかりである。

*

韓国をはじめとするアジアの食文化を体験したり、ジャズを通じてアメリカの音楽文化に思いを馳せたり…。日々の暮らしに「異国」の風を感じたくなったら、副都心線沿線の街をのんびり歩いてみませんか? そう、好奇心と冒険心を携えて。

お店データ

※1 カントンの思い出
東京都新宿区大久保1-17-1 ピュアーズⅡビル1F ☎03-3232-0868
営業時間/月~木11:00~翌5:00 金~土/11:00~翌8:00 日・祝日11:00~翌3:00
※2 韓国広場
東京都新宿区歌舞伎町2-31-11 ☎03-3232-9330
24時間営業 無休
※3 黒川<
東京都新宿区歌舞伎町2-18-6 日光ビル2階 ☎03-3200-0304
営業時間/18:00~翌1:30 ラストオーダー/翌1:00
土・日・祝日は休業
※4 コリアプラザ
東京都新宿区大久保1-12-1 新盛ビル1・2階 ☎03-3232-5511
営業時間/10:00~22:00 無休
※5 ボロンテール
東京都渋谷区神宮前6-29-6 2階 ☎03-3400-8629
営業時間/12:00~18:30 19:00~25:00 不定休