メタボの危険因子を探る Vol.5 深刻な合併症を引き起こす「糖尿病」に要注意!メタボの危険因子を探る Vol.5 深刻な合併症を引き起こす「糖尿病」に要注意!

糖尿病の恐ろしさは、自覚症状がないままに、深刻な合併症を引き起こしてしまうことです。自覚症状が現われ始める頃には、糖尿病が進行している場合が多いといわれています。厚生労働省の平成24年国民健康・栄養調査結果によると、日本の糖尿病患者とその予備群は約2,050万人と推定されています。

動脈硬化の探究に情熱を注ぐ平田先生に、今回は、糖尿病の合併症について解説していただきます。

血糖をコントロールできない糖尿病。

TONTON

そもそも血糖値とは何ですか?

平田先生

血糖とは血液中に含まれるブドウ糖(グルコース)のことです。ブドウ糖は、米やパン、めん類などの糖質(炭水化物)に含まれています。普通は炭水化物を食べると、胃腸で分解されてブドウ糖になり、血液中に吸収されます。「血糖値」は血液中のブドウ糖の濃度で、血液1dL(デシリットル;100cc)当たりに含まれるブドウ糖の量をmg(ミリグラム)で表したものです。

TONTON

血糖値は変動するものですか?

平田先生

血糖値は、食事をすると上がります。食事でブドウ糖の量が増えるためですが、上がった血糖を下げるために、すい臓から「インスリン」というホルモンが出ます。インスリンが働くと血液中を漂っていたブドウ糖が細胞の中に取り込まれてエネルギー源になります。こうしてブドウ糖は血液中から細胞内に入り、血糖値は比較的一定に保たれるのです。食事による血糖値の変動は、健康な人では食前に最も低く約70mg/dL (ミリグラム・パー・デシリットル)、食後で約130mg/dL未満の範囲です。

糖尿病の人の場合は、血糖値を下げるインスリンの分泌が遅かったり、インスリンの量が少なかったり、あるいはインスリンを受け取る「インスリン受容体」の働きが悪くなるなどが原因となって、高血糖の状態が続きます。

気になる糖尿病の血糖値の基準とは?

TONTON

糖尿病と診断されるのは、どういう状態ですか?

平田先生

空腹時(10時間食べない状態)血糖は、血液100cc中におおよそ100mg程度ですが、糖尿病の診断基準では≪110mg未満≫が正常値とされています。

この範囲を超えると「高血糖」になり、血糖値が≪126mg/dL≫を超えると糖尿病と診断されます。≪110~126mg/dL≫の方は「境界型糖尿病」と呼んでいます。早期のうちは自覚症状が現われないため、糖尿病に気づかないことが多いです(図参照)。

TONTON

空腹の状態で、血糖値を測定するのはどうしてですか?

平田先生

何も食べずに10時間経過した時が、血糖値が最も低くなり、その方の基本的な血糖値を知ることができるからです。しかし、それだけでは血糖をコントロールする力を知ることができません。

TONTON

ブトウ糖負荷試験では、健康な人と糖尿病の人の血糖値の差はどれくらいですか?

平田先生

健康な人ですと、2時間経過後は≪140mg/dL以下≫ですが、糖尿病の人は2時間経過後に≪200mg/dL以上≫あります。その間の≪140~200mg/dL≫は「境界型糖尿病」の範囲で、「糖尿病予備群」とも呼ばれます。

糖尿病は、空腹時の血糖値が≪126mg/dL以上≫、またはブトウ糖負荷試験で2時間経過後に≪200mg/dL以上≫あり、血糖値が高い状態が続いていることが確認された場合に糖尿病が確定されます。また、1日のいずれの時点でも血糖値が≪200mg/dL≫を超えるようなら、それだけで糖尿病と診断されます(図参照)。

糖尿病の診断基準

最近は、ヘモグロビンA1c値が重要視されています。

TONTON

最近、「食後高血糖」という言葉を聞きますが。

平田先生

健康な人でも食後に血糖値が上がりますが、「食後高血糖」は食後、急激に血糖値が高くなる場合を指します。

血糖値の高い人は合併症が起こりやすいことがわかっています。最近、「食後高血糖」が注目されるのは、空腹時に血糖値が低い人でも、食後高血糖の場合、合併症が起こりやすいことがわかってきたからです。

TONTON

健診では、空腹時血糖値とヘモグロビンA1c値、両方検査されますね。

平田先生

血液中の赤血球に含まれるヘモグロビンは、本来は体内の細胞に酸素を運ぶ働きをしています。ヘモグロビンに、血液中のブドウ糖(グルコース)が結合したものを「糖化ヘモグロビン」といいます。「ヘモグロビンA1c(エーワンシー)値」とは、ヘモグロビン全体に占める糖化ヘモグロビンの割合です。

たとえば、健診の2~3日前から食事を節制すると、空腹時血糖値が良くなります。しかし、検査を受けた後で、食事の節制をやめてしまうと血糖値が高くなる可能性があります。

それに対し、糖化ヘモグロビンは一度できると赤血球が死ぬまで消滅しません。赤血球の寿命は約120日。したがって、糖化ヘモグロビンの量は最近1~2か月の血糖値の状態を表す指標となります。そのため近年は、糖尿病判定に、空腹時血糖値より「ヘモグロビンA1c値」を重視する傾向にあります。試験勉強でも一夜漬けより日頃の努力の方が、その人の実力を測るのに適切なのと同じです。

TONTON

血糖値との関係はどうなっていますか?

平田先生

血糖値が高いほど糖化ヘモグロビンの量も多くなります。ヘモグロビンA1c値は、糖尿病あるいはその予備群の早期発見に役立ちます。 厚生労働省の実態調査では、ヘモグロビンA1c値が≪6.5%以上≫だと糖尿病が強く疑われ、≪6.0%以上、6.5%未満≫だと糖尿病の可能性を否定できないという結果が出ています。ヘモグロビンA1c値とブトウ糖負荷試験などの検査を総合して、糖尿病の診断をします。欧米では既にヘモグロビンA1c値≪6.5%以上≫を糖尿病の診断基準に採用しています。近い将来、日本でもそのようになる可能性があります。

定期的にヘモグロビンA1c値の検査を受け、よりよい血糖コントロールを続けましょう。糖尿病といわれたら、目標は≪6.5%未満≫に、できれば≪6.0%未満≫にするのが理想です。

同じくらいのヘモグロビンA1c値でも、食後高血糖の人は合併症を起こしやすいといわれています。血糖を下げる薬の中で、糖分の吸収を遅らせるタイプの薬があります。食後は血糖値が≪100mg/dL≫から急に上がりますが、その薬を飲むとじわじわと消化吸収が進むので、増加する山がなだらかになります。血糖値を下げる薬を飲むと食後高血糖も下がり、合併症も少なくなります。

TONTON

健診では尿糖の検査が必須になっていますね。

平田先生

尿糖は、血糖値が高くなるにつれてブドウ糖をエネルギーとして使いきれず、尿の中にブドウ糖が排泄される状態を言います。ただし、血糖値が≪180mg~200mg/dL以上≫にならないと尿に排出されません。尿糖が出るということは相当血糖値が高い状態で、基本的には糖尿病といえます。

しかし、尿糖の値だけでは糖尿病を見逃すことも多いのです。空腹時血糖値が≪160mg/dL≫くらいあっても、先程の理由で通常は尿糖が出てきません。ですから、尿糖は糖尿病の診断基準にはなりません。

自覚症状は、数年経ってから現われ始めます。

TONTON

糖尿病は、自覚症状がありますか?

平田先生

糖尿病の初期の頃には自覚症状はほとんどありません。自覚症状がないのは高血圧と同じですが、糖尿病のほうがはるかに恐いです。自覚症状は糖尿病を発症して何年か経ってから現われ始めます。

TONTON

糖尿病になるとどういう症状が出ますか?

平田先生

尿の回数が増える、やたらと喉がかわく、食事の量が変わらないのに体重が減ってくる、手足がしびれる、疲れやすいなどの症状が現われると、糖尿病が進行している可能性があります。血糖値が高めで、このような自覚症状がある場合は、早めの治療を心がけましょう。

糖尿病は、さまざまな合併症を併発します。

TONTON

糖尿病の合併症にはどんなものがありますか?

平田先生

糖尿病の合併症には、ゆっくり進行する「慢性合併症」と急に自覚症状が現われる「急性合併症」とがあります。

慢性合併症には「糖尿病神経障害」、「糖尿病網膜症」、「糖尿病腎症」があり、三大合併症と呼ばれています。これらは症状が現われにくいため、糖尿病と診断されたら定期的に検査を受ける必要があります。

一般的には、発症してから3~5年程経過すると糖尿病神経障害が現われやすくなるといわれています。神経障害といっても、神経が直接関係するものではなく、末梢神経の血管に障害が起きるものです。

TONTON

どんな症状が現われてきますか? 自覚できますか?

平田先生

特別な検査をすれば神経障害が発症していることがわかりますが、自覚するようになるまでには相当な時間を要します。症状としては、痛みなどを感じる「感覚神経」や手足などを動かす「運動神経」が侵されます。「手足がしびれる」、「感覚がなくなってくる」「こむら返り」などの症状が起こります。それは知覚神経を侵しているからです。

靴ずれや皮膚のけがなど、ちょっとした傷では痛みを感じなくなり、最悪の場合、足の壊疽を起こす危険性があります。

TONTON

他にはどんな症状が現われてきますか?

平田先生

発症してから7年程経つと糖尿病性網膜症が現われ始めるといわれています。「失明」などの視覚障害を引き起こす原因のひとつです。高血糖によって網膜の血管に障害が起こる合併症です。網膜の中の非常に細い血管のため「微少血管合併症」とも呼ばれます。

TONTON

糖尿病腎症にはどんな症状が現われてきますか?

平田先生

三大合併症の中で最も遅く現われるのが糖尿病腎症で、糖尿病が発症してから10年程経過して現われます。腎臓は、血液を濾過して老廃物や余分な水分を取り除き、尿をつくる働きがあります。血液を濾過するのが「糸球体」です。糖尿病腎症は、高血糖によって糸球体の毛細血管に障害が起こり、腎臓の機能が低下する病気です。尿の中にたんぱくが出たり、腎不全から尿毒症になり、人工透析が必要になる場合があります。

日本では約30万人の方が透析の治療を受けています。今も年間1万人ずつ増えている状況です。かつては透析の原因の大半は「慢性糸球体腎炎」でしたが、1998年から、糖尿病腎症による透析治療が1位となり、透析を受けておられる方の42%を占めています。

TONTON

他にも合併症はありますか?

平田先生

網膜症や腎症ではどれも細い血管に障害が起きるので「微少血管合併症」と呼ばれます。これに対し心臓や脳、足などの血管に起こるものは太い血管による「大血管合併症」と呼ばれ、代表的なものに狭心症や心筋梗塞、脳梗塞などの心臓・脳疾患があります。たとえば、糖尿病の人は健常者に比べて2~3倍脳梗塞に罹りやすく、心筋梗塞は2~4倍罹りやすいといわれています。高血圧の人は4~8倍、糖尿病でかつ高血圧患者となると10倍ということもあり得るということです。

また、急性合併症の代表的なものに「糖尿病性昏睡」があります。これはインスリンが極端に不足して、血液中に「ケトン体」という物質が増え、重い脱水症状を引き起こします。つねってもたたいてもわからない状態まで意識がなくなるので、すぐに適切な治療を受けないと命にかかわることがあります。

このように、糖尿病は全身にさまざまな合併症を引き起こします。早期発見のためにも、医療機関で定期的に検査を受けることが大切です。

日本人おける糖尿病患者の脳血管疾患・虚血性心疾患の発症率
TONTON

ありがとうございました。

Profile

東京逓信病院 病院長平田 恭信先生 Yasunobu Hirata

1974年東京大学医学部卒業。東京大学医学部附属病院内科、三井記念病院内科、米国州立ミネソタ大学内科、関東中央病院循環器内科を経て、1984年より東京大学医学部附属病院第二内科勤務。1998年より東京大学医学部附属病院循環器内科勤務。2013年より現職。

一貫して動脈硬化の病因の探究とその治療法の開発を研究してきた。高血圧、メタボリックシンドローム、心不全、腎不全、虚血性心疾患、マルファン症候群の患者さんの診療に従事している。学会活動では日本循環器学会、日本高血圧学会、日本腎臓学会、日本内分泌学会などの評議員を務めている。

東京逓信病院

住所 : 〒102-8798 東京都千代田区富士見2-14-23
電話 : 03-5214-7111(代表)