年輪を重ねることはそれなりに愉しい人生年輪を重ねることはそれなりに愉しい人生



今回はハワイ在留30年。ハワイの文化をこよなく愛し、日本の観光客にハワイの素晴らしさを啓蒙してやまないRamon Kojima氏を訪ね、ハワイで仕事を始めたいきさつやハワイの楽しみ方をお聞きしました。/
Aloha! Hawaii!! “ハワイこそ、我が人生” オリジナルなハワイ旅行のプロデューサー:Mr. Ramon Kojima(ラモン・コジマ氏)
旅行業界の経験を生かして、ホテル業界へと転進


はじめまして、トントンクラブ編集部です。トントンクラブを見てくださっていることをお聞きし、ありがたく思っています。今日は、いろいろお話を伺いたいと思っています。よろしくお願いします。まず、ラモンさんがハワイに来られたいきさつをお聞かせください。

Mr.RamonKojima:
私は横浜で生まれ18歳まで日本で育ちました。父はアメリカに住んでいたのですが、仕事の都合で来日し、学校はアメリカンスクールに通いました。ハイスクールを卒業したあとハワイに来て、ハワイ大学に通いました。大学卒業後はハワイの主産業ともいえる観光業に入り、シェラトン、プリンセス・カイウラニホテル等でホテルの仕組み、旅行のシステムを学んで日本企業の「日本旅行ハワイ支店」に就職してツアーコンダクターを経験しました。今の私の基礎をつくった時代といえるでしょう。そして、その経験を生かしてホテル業界に入りました。


旅行業界からホテル業界に移られたのは、自然のなりゆきだったのでしょうか。

Ramon:
そうですね。日本旅行に勤めて予約課で様々な仕事を覚えました。係長に昇進した頃、ルームコントロールを通してホテルのマネージャークラスと知り合い、スカウトされました。最初、パシフィック・ビーチ・ホテルのマネージャーに就任して、マリオット・ホテルを経てワイキキリゾート支配人を勤めました。この頃から日本人観光客が大挙ハワイに訪れるようになりました。1985年頃のことです。


ラモンさんがハワイに渡米された当時は、まだ日本の観光客がそれ程多くない時代でした。当時と現在とでは、ホテル事情は随分と変わったことと思いますが。

Ramon:
まったく違いますね。私がホテル業界に足を踏み入れた頃(1974年頃?)、米国本土で教育されたホテルマンが多く、サービスや食事等は欧米人中心のシステムでした。日本は高度成長期に入って躍進し、世界に羽ばたき始めた時期でもありました。その影響で日本人が今後、観光客として大幅に増えることが予測されましたから、私は上層部に日本人の風習、性質、食事などをレクチャーして、日本人の観光客が泊まりやすいシステムに改善するよう提案してきました。現在の日本人向けのシステムができたのも、少なからず私も貢献できたのではないかと思っています。今では、日本人観光客は言葉や食事などの問題もほとんどなく、ハワイを楽しんでいますよ。


ホテル・観光関係の仕事を手がけられた後、現在のビジネスはどのように展開されているのですか。

Ramon:
ワイキキ・リゾートホテルを退職した後は独立しました。不動産斡旋、総合観光案内を中心とした主に観光客を対象にビジネスをしてきました。現在では、そのほかプライベートで訪れるリピーターの案内、小学生を中心とした教育サマープログラムの企画・斡旋、長期滞在者に向けたバケーションレンタル(コンドミニアム等)が主な業務です。日本の皆さんは、リピーターとして何度もハワイに訪れますが、その度に新しい発見があるのではないでしょうか。しかし、ご夫婦二人でいらっしゃって、奥さんは行きたいところ、たとえば本当に欲しいもののショッピングに、ご主人はハワイの有名ゴルフ場でプレイしたいと思っても、地理や言葉が問題で動くのを躊躇してしまうことがあると思います。そういう時にこそ私どもが、プライベートガイドや、一人でも安心してゴルフができるようにサポートいたします。ハワイを満喫できるようお手伝いをいたします。



「お仕着せ観光」ではなく、自分の足で動いてハワイを満喫して欲しい

日本人はなかなか自分で動くのを躊躇しがちです。ラモンさん流には、どのようにハワイを楽しんだらよいでしょうか。

Ramon:
これからはハワイ独自の文化をもっと紹介したいです。何度も訪れた方には、お仕着せの観光だけでなく、自分の足で動いて自由気ままにハワイを満喫して欲しいです。ショッピングばかりがハワイではないですね(笑)。ザ・バスに乗って歩き回って、現地の人と同じような行動しハワイの素晴らしさを知って欲しいです。そして、ハワイでの庶民の生活から風俗、歴史まで幅広く、その奥深さを十分に楽しんでください。
 特に、ハワイの文化では、伝統的なハワイ・フラを普及させたいです。フラは身体全体を使って気候、仕事、愛、家族等を表現する素晴らしい踊りです。手や足の動きで繊細な表現するのは、スタイルこそ違いますが日本の踊りとよく似ているように思えるのですが。皆さんもぜひ習ってみてください。最近日本ではフラを習う人が増えているそうですね。うれしいです。


それでも以前から比べると日本人の行動範囲が広くなったと思いますが、日本人と欧米人とのハワイでの過ごし方の大きな違いはなんでしょうか。

Ramon:
まず、日本人の場合は滞在期間が短いですね。初めてハワイを訪れた方はあっちこっちをサーッと見るだけ、そして合間に大好きなショッピングで終わってしまいます。時間的制約があるので仕方ありませんが、バカンスを本当の意味で楽しんでいないように思えます。でも、徐々にですが長期滞在型のリピーターも多くなったのも確かです。
 欧米人は、時間をたっぷりとって昼間はホテルのプールサイドで日光浴や読書を楽しみます。動き始めるのは夕方からという人も多いですね。昼間動く時はレンタカーを借りて友人たちと島を駆け巡り楽しみます。交通規則が本土と同じという利点はありますが。また、チャーター料金が1台単位ですから観光をリーズナブルに楽しむことができます。最近、日本の若者もレンタカーを借りて楽しむようになってきました。




日本でもマナーの悪さはよく話題になりますが、ハワイでの日本人のマナーについてはいかがでしょうか。

Ramon:
マナーは随分と良くなりましたが、時折若者の行動には眉をひそめることもありますね。日本語が通用する環境であっても、ハワイは外国だという認識は持って欲しいと思うし、ハワイの一般人と同じルールを守って欲しいですね。例えば、公衆の場やビーチではアルコールは絶対禁止なのですが、違反する人も見かけます。知らないのかもしれませんが、許されることではありません。
 それから、チップについてですが、ハワイは観光で成り立っています。従ってチップは現地の人の大事な収入源です。毎日のベッドメイクや、なにか頼んだときには感謝の気持ちで必ずチップを差し上げてください。旅行代理店が面倒を省くため、レストランなどでは最初からチップを料金に含むことも多く、旅行者が気づかないという弊害もあるのですが、ハワイ旅行を楽しむためにも、旅行客の受け入れ側とよい関係をもちたいと思います。


今日はお忙しいところありがとうございました。今度ハワイを訪れることがあったらプライベートガイドやゴルフ場の予約等をお願いするときに、個人でも直接連絡してよろしいでしょうか。

Ramon:
ウェルカムですね。皆さん、いつでも、どこからでもご連絡ください。お待ちしています。アロハ・ハワイ!!


TONTON CLUBインタビューを終えて

お話を伺ってみて、あらためてハワイの素晴らしさを感じました。ハワイの文化・歴史・風土、そして何よりも生まれ育った日本への愛情が感じられ嬉しく思いました。日本人客がハワイ観光で不自由なく過ごせるのもラモンさんのお力があったのですね。新しい時代の流れと共に、お仕着せのハワイ観光ではなく、プライベートタイムをさらに充実させるオプションをプロデュースしてくれます。個人でも直接連絡するだけで、お客様のニーズに合わせてコーディネートしてくれます。本当の意味で心から安らげる大人の休日を、ハワイで満喫してみてはいかがでしょうか。ラモンさんの今後のご活躍をお祈りします。


ラモン・コジマ(Ramon Kojima)氏 プロフィール

 日本名:小島羅門。1953年横浜生まれ、現在52歳。
お父さんはハワイのホノルルに住んでいたが、アメリカ政府の仕事の関係で日本に移住する。セント・ジョセフ・インターナショナル・スクール(横浜)を経て、1972年高等学部を卒業。インターナショナル・スクール在学中に、歌手アン・ルイスのお兄さんと親交を深める。その後、大学進学のためハワイに渡米。
 ハワイ大学卒業後、「シェラトン・プリンセス・カイウラニ・ホテル」や「パシフィック・ビーチ・ホテル」など有名ホテルの支配人として活躍。日米間のビジネスで大きな成功を得たが、その背景には日本と日本文化に対して彼の深い造詣がある。英語と日本語を流暢に話すバイリンガルである。
 1997年にホテル支配人を退職し、ハワイへの日本人ビジターのために「メガ インターナショナル」を設立。ワイキキで多数のコンドミニアムのレンタルをはじめとする観光業や、日本との貿易など幅広く活躍している。夏には、日本の子ども達のためにホノルルのサマースクールを企画・斡旋している。
 現在 Mega International, Ltd.(メガ・インターナショナル社)取締役社長。