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年輪を重ねることはそれなりに愉しい人生 VOL.7 バックナンバー

永井明(ながいあきら)氏――― こよなく海と空のはざまを愛する作家・船医人生も、“海と空のはざま”そのもの

ton ton club 人生のセカンドハーフを愉しむサイト 更年期にさしかかる時期に、なにか一つの人生の峠があるような気がします
実録ぼくの更年期

 さっそくですが、『実録ぼくの更年期』(浩気社)を書こうと思われた動機はどういうことだったのでしょうか。

永井(敬称略):50歳頃になった頃から、同世代の飲み友だちと話をしていると、漠然とした心身の不調を感じている人がけっこう多い。この正体はいったいなんだろう?女性の更年期は広く認知されていますが、男性にも同じような時期があるのではないか、いわゆる初老に入る前になんらかの節目があっても不思議ではないかな、と考え始めたのがきっかけです。

 「男の更年期」というのは、まだ一般的ではありませんよね。女性と男性では症状が違いますか。

永井:確かに男の更年期は一般的とは言えません。ただ、この本を出した頃からだんだん認知され始めてきたような気がします。女性のほうは閉経というものがあるのでわかりやすい。生理学的にみると、この閉経が生殖期から老年期への移行を意味して、その移行期を「更年期」と呼んでいるわけです。ふつう数年間続きます。女性ホルモンの分泌低下によって、体内のホルモンバランスが崩れ、自律神経系の正常な作動を狂わせてしまう状態です。心身の不快な症状、いわゆる「更年期障害」の現れ方は人によってさまざまで個人差が大きく、症状がでない人もいます。

 男の更年期の症状は、目が疲れる、酒が弱くなった、歯ブラシを使うと出血する、人の名前を思い出せない・・・などさまざまです。女性に比べて男性の性殖機能低下にはっきりとした区切りはありません。加齢による男性ホルモンの分泌低下速度は、女性に比べるとゆっくりしてわかりにくい。ただそれでも多くの男性が50歳前後に心身の節目がくるというのは確かに言えるような気がします。

 男の更年期に対して、何か特別な思いはありますか。

永井:ぼくは三男ですが、すぐ上の兄が48歳のときに肝硬変で亡くなりました。優秀な兄貴だったんですが、いつも社会に対して不満や鬱屈したものを持っていて、とても無念そうに死んでいった。ぼくの脳裏にそういう印象がずっと残っていました。そのときぼくは40歳くらいでしたが、長兄から「おまえ、いい気になって酒をくらってるが、おれは弟2人も葬式を出したくないよ」と言われました。
 そんなこともありまして、とにかく自分の中では、亡くなった兄の48歳をクリアしなければならないという思いが強かった。詩人の寺山修司さんは、ぼくとちょうど誕生日が同じでひと回り上なのですが、やはり48歳で亡くなっていますし、周囲でもその歳で亡くなられている方がけっこう多いんです。

 ぼくは、更年期にさしかかるこの時期に、なにか一つの人生の峠があるような気がしています。その峠を越えるときに、どこかで無理をしてしまった結果、途中でくたばってしまうのではないか。それを無事越えると、見るからにもちゃんとしたじじぃになってくるんですが(笑)、それなりに安定していけるような気がします。男の更年期にさしかかるこの時期に、他にも何か要因があるのかなと思って調べてみようと思ったのも本を書くきっかけのひとつです。この時期をうまく過ごすためには、どういうスタンスで適応すればいいのか、という思いもありました。
 最初、「月刊宝石」に連載していました。出版してからも、読者からのリアクションがけっこうありました。同年代の方が特に食いつきはよかったですね。共感する人がほとんどで、どうすればいいのかという治療法の質問がたいへん多かった。

 出版するにあたってご自分の体をさらけ出すことに、抵抗はありませんでしたか。

永井:本当はだれかにモデルになってもらいたかったのですが、皆に断られましたので、仕方なく自分のことを書くしかなかったんです。中年男の丸裸の姿をさらけ出すのですから、できればやりたくなかった。自分の貧相な心身をこうだぞと分析してみても開放感などありません。それに、女房の顔色をみなければなりませんしね(笑)。

 男の見栄みたいのがあって、自分の肉体の衰退は人には言えませんね。奥様はどう受けとっていましたか。

永井:あ、そう、そう、そのとおりねと。古女房はいろいろお見通しだということです。

 著書の中で、CTスキャンのことが書かれてありましたが、受けるときには抵抗はありませんでしたか。

永井:まがりなりに医者をやっていましたので、だいたいどういうことをやっているのかわかります。一般の人が医療の検査を受けるような恐怖感というのはほとんどありません。本を書くために受けるという割り切りもありましたから。

 ところで、検査結果はどうだったんですか。

永井:出版した頃は、まあまあ「少々問題あり」ぐらいだったんです。それから、だんだんと肝臓が悪くなりまして・・・。最近、ちょっとお酒を控えています(笑)。

そういう時期だと、なかば諦めて嵐が過ぎるのを待つほうが精神的に楽かな

 現状をある程度認めていかざるをえない、人生のひとつの通過点ということですか。

永井:そうだと思います。ぼく自身の体験からの感想でもあります。頑張れば若いときのような動きもできなくはない。決定的に違うのは、余力がほとんどない。回復力がかなり低下しているということです。すぐ、いっぱいいっぱいになってしまう。そこにまた別のトラブルが加わると、ちょっとした病気が大きな病気につながってしまう恐れもあります。精神的には若いつもりだけど、肉体的なことがついていかない、まあ仕方ないことですが・・・。

 更年期にうつ病になる男性も多いみたいですが。

永井:更年期の症状が現れても、「そんなものだ」と受け入れたほうがいい。気楽に考えたほうがいいと思います。結局よくわからない部分がありますし、いろいろと気にし過ぎてうつ病になってしまう、ということにもなりかねません。

 年を重ねると夢や希望を持つことが、なかなか難しくなっていきます。更年期をうまく過ごせるコツなどありましたら、教えてください。

永井医者をしていたときに、こうした心身の不安定状態をコントロールするためのアドバイスをよく聞かれました。そのときにもよく言っていたことですが、しかるべきときが来れば落ち着くので、ジタバタしないほうがいい、ということです。糖尿病とか心臓病などのいわゆる成人病は、それぞれ具体的な治療法があるわけですが、更年期症状のように、はっきりとした心身の異常はないけれど調子がいまひとつという場合には、逆に特別な治療法がないんです。こんなはずじゃないと思ってあれこれ手を出すよりは、そういう時期だと、なかば諦めて嵐が過ぎるのを待つほうが精神的に楽かなと思いますよ。

 ぼくのことを言えば、問題の48歳をクリアしたら、いっぺんに気が抜けちゃったような感じがありました。その頃までは人並みに働いていたんですが、このまま(人生を)走っていってもあまりいいこともなさそうだと、ある日突然思っちゃいまして、とりあえず仕事を休もうと思いました。オーストラリアに住んだり、船に乗ったりして一年ほどゆっくり過ごしました。それで、リフレッシュしてまた仕事を頑張るぞ、という気持ちになればよかったのですが、なかなかそうはならない(笑)。のんびりと遊んでいる楽しさに目覚め、仕事は以前の半分、もしくは3分の1でいいからずっと遊んでいたい、と思ってしまったんです。

その頃から、すっかり船にはまっちゃいまして

 精神的にリフレッシュすることが大切だということですね。先生は他にスキューバダイビングをやっていらっしゃるんですね。

永井:十数年前から始めまして、今でも年に3回くらいやっています。沖縄の海で、那覇から西に4、50kmのところにある「座間味(ざまみ)」という島に決めています。ぼくの好きな場所です。このごろは、スキューバダイビングをしに行っても、ただ海を見てボーッとしているだけのことも多いですよ。

 医者をやめられたのはいつでしょうか。

永井:35歳のときです。それから20年ほど船医以外で医者の仕事はしていません。今では船に乗れるから船医をやっているようなもので、普段は文筆業が主な仕事です。組織でやってきた人間と、私のようにずっとフリーランスでやってきた人間とでは違うのでしょうが、あまり後先のことは考えませんね。以前仕事を休んで帰ってきたときも、仕事はなかったのですが、ま、なんとかなるだろうと。そもそも帰ってからも仕事をやる気がおきませんでしたから、困ったものです(笑)。

 船医になられたのはどういういきさつがあったのでしょうか。

永井:その頃から、すっかり船にはまっちゃいまして・・・。最初、客船のパッセンジャーとしてカリブ海とか、インドネシアやシンガポールなどクルーズをしていました。そして、いかに船旅がいいかということをある編集者に話していたら、あるとき、「永井さん、船医やらない?航海記を書きましょうよ」と、逆に企画提案されたわけです。20年も医者の現場から離れているのに、そんなの無理だと言ったのですが、話がどんどん進みまして、下関にある水産大学校の練習船「耕洋丸」の卒業航海の船医にぜひ来てください、ということになりました。ひと航海はだいたい3ヶ月です。病院勤めや開業している医者では普通そんなに休めませんから、なり手がなくて困っていたようです。「無理だ」と言ったことなどころりと忘れ、すぐ、OKの返事をしました。

 船医の仕事はたいへんでしたか。

永井:そういうわけで船医になったわけですが、船内生活は退屈です。小さいながらも個室で三食付き、アルコールも出港時に免税扱いでたくさん持ち込めます。それに、なんといっても船に乗っている、そのこと自体がとても気持ちがいいんです。
 屈託な船乗りたち相手ですから、たまにケガの治療をするくらい。医務室はほぼ開店休業状態です。ただ、学生たちは遠洋航海にまだ慣れていません。日本を長期に離れる不安があるせいか、最初精神的ダメージで体調を崩す学生たちもいます。その治療はけっこうありますが。

 船上の生活はいかがでしょうか。

永井:仕事以外の時間は、海と空ばっかりを眺めてひたすら漂っているわけですが、海も空も、ぼくをいつまでも飽きさせないんです。冬のベーリング海は、ことのほか美しかったですね。それがきっかけで、写真を撮り始めたんです。とくに、海と空のはざまである“水平線”が実にきれいでした。いろんな表情があるのです。自然の美しさ、不思議さにすっかりとりこになってしまいました。ベーリング海をずーっと、毎日毎日撮影し続けていました。なにかこう、人生と重なる思いがあって・・・。

『海と空のはざま HORIZON(ホライズン)』
『海と空のはざま HORIZON(ホライズン)』

さっきの夢にもつながるんですが、今度は南氷洋に行きたいんです

 先生の今後の夢はなんでしょうか。

永井:今年の1月に『海と空のはざま HORIZON(ホライズン)』という写真展をやりました。今までの航海で、船上から撮影した水平線だけを展示したものです。それらの写真に、短いエッセイをつけ、図録のような写真集『海と空のはざま HORIZON(ホライズン)』(Days Photo Gallery)を作りました。
 そういうわけで、今では年間の半分は航海生活です。水産大学校の「耕洋丸」、水産庁漁業調査船「照洋丸」でのまぐろの調査航海、同じく調査船「開洋丸」で、スケソウダラ、サケマスの調査航海などで船医をやってきました。その航海記録を綴ったもので『あやしい船医、南太平洋をゆく』(角川書店)があります。
 さっきの夢にもつながるんですが、今度は南氷洋に行きたいんです。それで、世界の七つの海を制覇したことになります。医者を続けていたら精神的にもたいへんだったろうと思いますが、船医と作家の仕事は、実益と趣味がいっぺんにできるので、ぼくにとっては非常に恵まれている環境だと思います。

 夢の実現はもうすぐですね。体調はいかがですか?

永井:多分そのときまでに、(お酒で)肝臓がやられていなければね(笑)。

●TonTon インタビューを終えて
更年期のお話から夢の航海に話題が移ったときに、永井氏の目の輝きと表情が急に生き生きとしてきました。いくつになっても夢や希望を持って生きるということが、人生の航海においても、とても大切であることを今さらながら感じています。日常からははかり知れない、ベーリング海の船上から見える海と空のはざまの美しさは、いつまでも永井氏をはじめ多くの人の心を魅了することでしょう。世界の七つの海制覇の夢はもうすぐ達成しますね。そのために、お酒を控えくれぐれも肝臓には気をつけてくださいね、永井先生。今後のご活躍をお祈りします。

※永井明氏は去る7月7日に逝去されました。インタビューは5月17日に行ったものです。人生の愉しみ方をこのインタビューで教えていただきました。慎んでご冥福をお祈り申し上げます。
永井明氏プロフィール
1947年広島県生まれ。東京医科大学卒業。モントリオール大学国際ストレス研究所所員、神奈川県立病院医長を経て、現在医療ジャーナリスト、作家として活動。主な著作に『実録ぼくの更年期』(浩気社)、『ぼくが医者をやめた理由』(平凡社)、『病む人、癒せぬ人』(朝日新聞社)、『病者は語れず』(文藝春秋)、『生真面目な心臓』(角川書店)、『ぼくに老後がくる前に』(飛鳥新社)など多数。近著に『適応上手』(2004.7.角川書店)がある。1998年より、水産庁調査船「開洋丸」、「照洋丸」、水産大学校練習船「耕洋丸」に船医として乗船。年間の半分は航海生活である。その航海記録として『あやしい船医、南太平洋をゆく』(角川書店)がある。

『海と空のはざま HORIZON(ホライズン)』 (Days Photo Gallery)

「年輪を重ねることはそれなりに愉しい人生」バックナンバー

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