本書の売り上げは、たいへん好調のようだ。2007年3月の売り上げは、芥川賞受賞直後の青山七恵『ひとり日和』(河出書房新社、2007年2月発行)の第1位に次ぎ、「第2位」。4月も引き続き「第2位」にランクイン(トーハン調べ)。その後も引き続き売れ行きを伸ばしている。書籍離れが著しいと言われる昨今、お手軽とは言い難いこの分厚いハードボイルドが売れているというのだから驚きだ。
この現象は、「村上春樹」に後押しされていることは云うまでもない。氏はこれまでの人生で巡り合った最も重要な書籍3冊に、『ロング・グッドバイ』、S・フィッツジェラルドの『グレート・ギャッツビー』、ドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』を挙げ、前者2冊を自ら翻訳し、前述の通り売れ行きは好調。同氏の手によるものではないが亀山郁夫氏による新訳『カラマーゾフの兄弟』(光文社、2006年9月〜2007年7月発行)も、古典文学としては異例のベストセラーとなっている。村上春樹の小説のファンが、「村上春樹の翻訳だから」「村上春樹の原点を知りたいから」という理由からこれらを手にしていることが考えられる。また村上訳とは異なる趣で読ませる、清水俊二訳『長いお別れ』(ハヤカワ・ミステリ文庫、1976年発行、翻訳は1958年)で、タフでクールな「マーロウ」ファンになった中高年者たちが、改めてこの「新訳」を手にしていることも推測される。
清水訳がテンポとスピード感を重視するのに対し、村上訳は前者を保ちながらも、細部の描写が醸す「深み」で読ませる……といったところか。出てはすぐ消える希薄な「情報」が溢れる中、時を越えて読み継がれてきた名作には、人々を魅了し続けるゆるぎない力がある。読書の秋、現代に「蘇った」名作の世界にとっぷりと浸りたい。