同じ課の学生たちが、時々大学院の教科課程の一環として、訪問した会社について、中国の会社としての評価をしてくれるよう頼まれることが多い。この会社が中国を代表する会社ではないから、中国の会社として評する事には問題があるが、私がこの会社に対する所感を述べることはできる。それは、私が韓国を代表している訳でなく、私の過ちがあっても韓国人の過ちとして評価されないよう頼むことと同じ脈絡である。
中国は、未だ多くの西洋人たちには「竹のカーテン」に遮られた国と思われているかもしれない。冷戦時代には、中国自体が資本主義国家との交流を制限していたから当然のことだが、現在でも各分野において透明性については少々問題があるようだ。このような先入観のせいか分からないけれども、私もこちらに来る決心したその日まで、中国に対して知っていることは極めて制限された部分に過ぎなかった。いや、中国語の勉強以外は一切関心のない国であったから、ほとんど知らなかったと言っても過言ではない。
中国は、対外解放25余年が過ぎた。現在でも多くの場で、過去の体制を固守しようとしているのが隠然たる中に見える。我々が過ごしてきた世界の体制や文化の違いによって、それに違和感がある。また、神秘的にすら感じることがあるのも事実である。いわば、中国は過去の共産主義体制から市場経済体制的社会主義(中国人は今の体制を“中国的社会主義”と称するらしい。著者が任意でつけた名称)への転換において、経済体制は資本主義に疾走し、日常生活は個人主義化されているには間違いない。













