この美術館に訪れた多くの来館者は、まず、玄関脇に設置された、一見廃材の寄せ集めにしか思えないような、人間の背丈の4倍以上ある巨大な「作品」に度肝を抜かれます。はやくも難解な「現代美術」に白旗を揚げてしまいそうだが、そもそもこの「困惑」こそが「作品を感じている」こと。安心してください、あなたは「アートがわからない人」ではありません。そうです、この際、背後に広がる庭園の牧歌的な風景と対極にあるような、退廃的なスティールのかたまりがもたらす不思議空間を、大いに愉しみましょう。 “リュネヴィル(月の町)”と、フランス北東部、ロレーヌ地方の鉄鋼の町の名前が題されたこの野外彫刻は、美術館の依頼により、フランク・ステラが周辺環境を考慮に入れた上で制作しました。組み合わされたパーツは、本物の廃材はほんの一部分で、大部分は複雑な工程を経て鋳造されたもの。クラゲみたいな変てこなフォルムは、葉巻の煙の形をコンピューターで解析・再現した代物だというから驚きです。 作品の完成・組立時に来日した本人は、出来栄えを非常に気に入って、作品のなかをよじ登り悦に入っていたそう。もちろん、私たちは作品の中をよじ登ることはできませんが、「現代美術」特有の難解なウンチクは一先ず置いといて、ステラのように無邪気な心で作品と向き合ってみたいものです。
「ようこそ、川村記念美術館へ」とばかりに、ビブラートの効いた低音の紳士的な声で来館者を出迎えているかのような『広つば帽を被った男』。すっかり美術館の「顔」的存在で、この作品の展示のために小さく仕切られた空間を独り占めしている。レンブラント本人の姿と似ていて、有名な自画像とも間違えられることも多いのです。 実はこの男、長らく「別居」中。もともと奥方の婦人像と対として描かれたものだが、奥方様は、アメリカのクリーブランド美術館「在住」。数年前、川村記念美術館にて、織姫と彦星もびっくりの200年あるいは300年ぶり「再会」を果たしている。それにしても、一人寝生活の長いこの紳士の顔に少しだけ憂いを感じるのは私だけでしょうか。
ボーイフレンドとの交際を解消した後、傷心を癒すため一人このロスコ・ルームを訪れました。静かなこの部屋で赤と茶のやわらかな色彩に身を委ねていると、ふっと気持ちが軽くなるようでした。時折目を閉じると、この部屋は異次元空間の入り口のようにも思えてきます。わたしはロスコの色彩と一体となり、色彩はわたしと一体となりました。フワフワとしたとてもいい気分です。部屋を出るころには、すっかり元気になりました。 レンブラントの肖像画と並んで、もうひとつの川村記念美術館の顔がこのロスコ・ルーム。もともとニューヨークのレストランを装飾するために制作されたこれらの作品は、人を内省的な気分にし、癒しをもたらす効果を持っているようです。このロスコ・ルームにはファンも多く、この部屋に訪れることのみを目的としたリピーターも多いのです。マーク・ロスコの作品の不思議な宗教的力を知ってか、アメリカ人の著名なコレクター、ジョンとミニック・ド・メニール夫妻は、彼に教会内部の壁にはめ込むための作品を依頼し、「ロスコ・チャペル」なるものを建てています。
いらなくなった菓子箱や缶に、お気に入りの便箋や折り紙、シールなどの自分だけの宝物をコレクションする。時折一人部屋の隅で宝箱を開き、そんなたわいもない自分だけのお気に入りを堪能する喜び。数々の愛するものがいつでも持ち運べるような小さな箱の中に納まり、自らの手の内にあるー。ジョセフ・コーネルは、誰しもが持つコレクションへの憧れを、晴れやかな歓喜と時にほろ苦い郷愁とともに表現し続けました。 こちらの「箱」に収められたコーネルの宝物は、目のパッチリとしたひとりの美少女。16世紀イタリアの画家、パルミジャニーノが描いた『アンテア』と呼ばれる女性肖像画の複製の一部分ですが、コーネルは、この絵を画集か雑誌で見つけ、この神秘的な美少女にすっかり恋してしまったのです。 誰しもが一度や二度、手の届かないようなアイドルや架空の存在に強い憧れを抱いたことってありますよね。作品を見ていると、彼女を思うコーネルのほろ苦い感情が伝わってきます。そして、自分自身の体験とコーネルの体験がシンクロし、「あの時」のほろ苦い感情を思い出します。いつの間にか作品を通して、コーネルの魂とわたしたちの魂はコミュニケーションを始めます。